ベイビー&ベイビー



 宗一は、結局明日香が実家に戻るか、近くにさえいればいいと思っているだけのこと。
 明日香の婿なんて誰でも許せないのだ。

 ただ、俺を渋々選んだのは単純なこと。

 宗一の長い友達だということと、俺が仕事で京都によく行くから。
 それだけでOKをだした宗一。

 そこまでシスコンだと、逆にすがすがしいぐらいだ。
 そんなことなどロスにいる沢 拓海は知らないことだろう。

 二人がうまくいったとしても、難関が待ち望んでいる。
 悔しいから、宗一にコテンパンにしてもらえと思わず人が悪い考えが過ぎった。


「帰る!」

「は? その状態で帰れるのか?」

「フン、それぐらい出来る」


 そういってチラリと時計を見る宗一。
 きっと迎えの車でも呼んでいたのだろう。下を覗けば、みたことがある車がロータリーにあった。

 フラフラの宗一と一升瓶を抱えて、俺はなんとか一階ロビーへと連れて行く。
 下に行くまでに、何度となく潰れそうになる宗一を無理やり引っ張って迎えの車のところまで辿り着いた。

 宗一のお抱え運転手に手伝ってもらって後部座席に宗一をなんとか乗せる。
 
 ふぅと大きくため息を付くと、助手席から見たことがない女が出てきた。
 電話中だったのだろう。
 携帯のフリップをパチンと閉じて、俺の前に歩み寄ってきた。


「木ノ下さんですね。私、このシスコンの秘書をしております。久住 愛といいます」

「あ、ご丁寧に。どうも」


 差し出してきた名刺を受け取ると、俺は目の前の愛を見た。

 美人ってわけでもない。
 容姿はいたって普通。

 だけど、その気の強そうな瞳が興味を抱かせた。

 なんせ、自分の上司をシスコンだと罵るぐらいの女だ。
 面白い。

 思わず興味深くて、彼女を見ていると愛は怪訝そうに俺に手を伸ばしてきた。


「?」

「それ、ください」

「?」


 愛が指差してきたのは、一升瓶。
 手にしていた、一升瓶を愛に手渡した。
 
「まったく。うちのボンにも困ったものだわ。あなた、ボンの長年の友人なんでしょ?よくやっていられるわねぇ」

「あ、ああ。シスコンを取り除けば、いいやつだからな」

「同感。そのシスコンをそろそろ卒業してもらいたいから、お嬢にはさっさとロスで男捕まえてきてもらいたいんだけど」


 一升瓶を肩に担ぐと、彼女は後部座席で眠りこける宗一を見てため息を零した。


「あんなに醜態さらしていても、翌朝になればケロッとして家元代理をするんだから。人ってわからないわ」

「君は宗一の秘書、長いの?」

「え、ええ。5年前から」

「ふーーん」


 俺が、そっと横目で彼女を見ると、愛は眉間に皺を寄せて、何か? と俺を見た。



「宗一と付き合ってるの?」

「は?」

「だから、宗一の女なのかって聞いているんだけど」



 一瞬ぽかんと口を大きく開いたかと思えば、夜中だと忘れて愛は大声でありえない、と叫んだ。



「ありえない! やめてください、シスコンなんて興味ないっ!」

「じゃあ、彼氏は?」

「いません! 私なんか誰も相手になんてしないもの。ガサツで女らしくないし、って何言わせるんですか!?」




 あたふたと一升瓶を抱えて、慌てふためく愛。
 さきほどまでのサバサバした感じはなく、かわいらしいその様子に俺は思わず頬が緩んだ。

 面白い。
 久住 愛 か。

 彼女は面白い。

 真っ赤になってオロオロしている愛の手元から一升瓶を抜き取る。
 一瞬あっけにとられていた愛は、俺の行動を不思議そうして首を傾げた。


「人質」

「は?」

「いや、ものぢち??」

「へ?」


 この一升瓶。
 ものすごく高価なものらしい。
 宗一が、やっと手に入ったといっていた代物だ。

 これがないと宗一は機嫌を損ねるだろう。
 そのことをきっと目の前の愛は知っている。

 
「ちょっと、それ。返して!」


 俺の手から、一升瓶を取り上げようとする愛に俺は高々と一升瓶を上にあげて、にっこりと笑った。


「返してあげるよ」

「え? ……はい」


 そういって愛は素直に俺に手を伸ばす。
 でも、俺は渡さない。

 クルリと背中を向けて、ロビーに向かって歩き出す。

 
「ちょっと、返してくれるって」


 そう愛の叫び声が聞こえたので、振り向いてにっこりと笑った。


「明日、取りにおいで?」

「は?」

「明日は俺、オフだから」

「なんで私が!!」


 キィーと噛み付かんばかりの勢いの愛を見て、思わず噴出した。


 
「何時でもいいから、おいで?」

「ちょ、ちょっと! 返して!」

「じゃあね」


 そういって俺はマンションに入っていく。
 唖然としている愛を残して。

 久しぶりの気持ちの高揚に、すごく気分がいい。
 久住 愛。

 さあ、どんな顔をして来るかな?

 俺は思わず噴出した。




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