君にすべてを捧げよう
「蓮! こぼしてる!」

「……あ? ああ」

「もう、食事のときくらい頭使うのやめて」


急だったけど、どうにか蓮の好きなものばかり作れた。
なのに蓮は始終上の空で、今も湯豆腐をぼとりとテーブルに落としてしまった。


「すまん」


全然悪いと思ってないな。
ぼんやりと答えた蓮のお箸は、次は湯のみの中をかき回していた。
それに気付く様子もない。
あ、気付いた。
って、次は焼き魚をゴマだれにつけてる。


注意しかけて、止めた。
まあ、仕方ないか。
仕事に追われてるからここに来たんだし。

小さくため息をついて、目の前にいる人を窺った。


ぼさぼさの黒髪と、伸びきったひげに覆われた顔は、その造りを不明瞭にしている上に、非常にむさくるしい。
しかも、よれよれの作務衣をだらりと纏っている。
雰囲気はどこかぼんやりと虚ろで、視線は宙をさ迷っており、たまにぶつぶつと意味不明なことを呟いている。

鏑木さんがこの人を見ていたら、完全に不審者と思ったに違いない。
問答無用で警察に通報していただろう。


しかし、この人はあたしがずっと想い続けている人、だったりする。

どうしてこんなに想えるのか、自分でもわからないのだけど、
どうして好きなのかもわからないのだけど、
それでもずっとずっと、物心ついた頃からずっと片思いし続けている、大切な相手なのだ。


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