秘書の私、医者の彼


 兄一郎の生き様をそのままコピーしていくのか……。

 榊 久司(さかき ひさし)は、斉藤慶介のことを見る度にそう思っていた。

 斉藤本人と兄の話をしたことはない。なので、斉藤は俺と兄が一緒にここで勤務していたかどうかなど、興味がないのだろう。

 斉藤のことは随分前から知っていた。

 俺が30歳でようやく医師になった時には、兄は25歳で既に5年も医者として病院に勤めており、年下ながら経歴は大先輩であった。

 表情はまだ幼く、私服で出入りしている姿を見れば、学生と見間違えるほどだが、ひとたび白衣に腕を通せば、そのオーラは斉藤一郎本人以外の何物でもなかった。

 そこに、稀に差し入れを持って顔を出したのが、斉藤慶介だった。

 遠目に見たことがあるだけで、一度も顔を見て挨拶をしたことがないので斉藤自身は俺のことをおそらく覚えていないのだろうが、17歳で斉藤一郎の弟が大学を受験するという話が話題になっていて、一般人の俺はその血というものを羨み、傍から溜息をついて眺めていた。

 同じ、親が医師という境遇にありながらも、天才というのはこういうことなのかと、実感されられた兄弟でもある。

 それは斉藤が部下になってからも尚更だ。

 兄のような神がかりな技はないものの、生まれながらの天性を努力で生かしたメスさばきなどは、さすが飛び級して医者になった、医者の血を持つものだと唸らせられる。

 あれでもう少し愛想が良ければな……、いや、それはそれで面白くないか。

 榊は河野亜美の部屋から出た後、一旦ナースステーションに戻って明日の予定をもう一度確認する。

「あれ? やっぱ斉藤の彼女、リスカの常習ですか?」

と、内心の笑いを堪え真剣な顔で聞いてくる坂野崎の問いを無視し、ホワイトボードを見た後、仮眠室に戻った。


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