秘書の私、医者の彼
死によって、空いた穴の埋め方

眠れない朝


社長秘書に就任してひと月近く経ち、とりあえずの雑用をなんとか任されかけた5月。

 その火曜の朝早く、起きてトイレに行こうとリビングを横切った。

昨夜、何も乗っていなかったテレビの前のローテーブルは、数本の缶ビールがプルタブを開けた状態で並び、とても乱れている。

 その前には、ソファで崩れるように眠り込む斉藤。

 ここ数日、夜勤が重なっていたのか、何なのか、知る限りでは自宅には帰っていなかったと思う。

 久しぶりに家に帰って来たのだなと気付いた時には、いつにないワイシャツと黒いスラックスを履いてかなり酔っていたのであった。

出張でもあったのか、何なのか全く予想ができない河野は、先に用を済ませ、もう一度リビングに戻ると彼に近づいた。

「どうしたんですか? すごい酔っ……」

 その声で目覚めたらしかった。

 斉藤はぼんやりと目を開け、声にならない溜息を吐き、目や額を擦る。

「これ、全部飲んだんですか?」

 問いには答えず大きく溜息を吐き、座り直す姿は不機嫌以外の何者でもない。顔色が悪く、酔い過ぎで体調が悪そうだ。

「お水、持ってき……」

 ガタン!! と大きな音がして、長い脚に蹴られたテーブルは少し位置がズレ、その反動で缶がほとんど倒れた。

「うるせー……」

 まだ中身が残っていたビールが大きな地図を描き、更に床に滴り落ちてゆく。

「はぁ……」

 心の奥の、何か嫌なことを全て吐き出そうとせんばかりの三度目の溜息。

 更に四度目の息も吐き捨てると、彼はソファから立ち上がり、1人、自室へと入って行った。
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