ふたつの背中を抱きしめた


普段なら自転車に跨ってさっさと通り過ぎてしまう並木道を
今日は柊くんが隣にいたので私は自転車をカラカラと押しながら歩いた。

「なあ、前から気になってたんだけど。」

「なに?」

「あんたのソレ、何?」

「え?」

「指。左手。」

柊くんはハンドルを押してる私の左手を指差して言った。

「これ?指輪のコト?」

柊くんがコクリと頷いた。

「仕事の時はしてないじゃん。なんで今してんの?」

「なんでって…」

私は柊くんの不躾な質問に戸惑った。

柊くんの前で綜司さんのコトを惚気るような事言っていいんだろうか。


「あの…婚約指輪だから、仕事中はムリでも、なるべく着けていたいの。」

私の言葉に柊くんの表情があからさまに不機嫌になる。

やっぱりな。

タダでさえ他人の惚気は鬱陶しいのに
こういう話題、柊くんは嫌いそうだもんね。


「…ふーん、婚約してるって本当だったんだ。」

「うん。て言うか知ってたの?」

「三島さんが言ってた。」

…リエさん、そんな話柊くんにしたんだ。


「バカみてえ。」

柊くんが吐き捨てるようにそう言った。

その言葉に私が

「な、なんで?」

と戸惑っていると、柊くんは

「バカだからバカっつったんだよ、バーカ!」

まるで小学生のような罵声を吐き捨てて早足で歩いて行ってしまった。

私はその後ろ姿をただただポカンと見ているしかなかった。


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