ふたつの背中を抱きしめた



…思い出した。

今の綜司さんからは想像もつかないけれど

子供の頃の彼はとてもよく泣いていた。

多すぎる習い事が嫌で。
遠い私立の小学校が嫌で。
厳しい両親が嫌で。

けれど、その涙は私にしか見せなかった。

「僕が泣いたコト誰にも言わないで。」

幼い綜司さんは泣いた後必ず私にそう言った。

親の前で、友達の前で、小さな体で彼は気丈に振る舞い続けた。


…17年前、私が引っ越してから

綜司さんは誰かの前で泣く事は出来たのだろうか。

あれから、幼い彼の涙を受け止めてあげる人はいたのだろうか。


きっと
いたと思いたい。


だってそれは今の綜司さんを見れば分かるはず。


彼を信頼している優しい御両親。

彼を尊敬して慕っている沢山の友人。


綜司さんはきっと
あれから強く健やかに、幸せな人生を送ってきたのだと。

だから今こんなに沢山のモノを手にしてるのだと。


今の私には、そう思えた。

そうにしか見えなかった。

見て、いなかった。



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