情炎の焔~危険な戦国軍師~
「そんな。愚者だなんて」


私は即座に首を横に振る。


「我々が九度山に蟄居していた頃の話だが」


幸村様と昌幸様は関ヶ原の戦いの後、家康殿のご子息である徳川秀忠殿を足止めしたということで14年ほど九度山という場所に蟄居させられていたのだ。


本当は死罪に値するのだが、信之様が己の武功や命に変えても、と助命嘆願をしたので蟄居ということになったらしい。


「村の子供逹に言われたことがある。兄弟で争うなどバカげていると」


そう言って果てなき青空を仰ぐ幸村様の凛々しい横顔は、少し寂しげである。


「でもそれは仕方ないことでしょう?」


「某もそう言った。そうしたら、そんな悲しそうな顔してるから言うのだと」


「家族が敵になるなんて、きっと苦しいなんて単純なものじゃないんでしょうね。だから顔に本音が出てしまっていたのかも」


「ああ。だが、情だけでこの乱世は生き抜けぬ。だから某は4年前に父上を失っても兄上のいる徳川へ行かず、最終的にここに来た。すべては家のため、大切な人々の遺志のためだ」


「それも乱世の流れですよね。真田の存続のためには仕方ないと思います。苦渋の決断だったんでしょう?」


「分かってくれるか」


「まあ、すべてを乱世の流れで片付けてはいけないと思いはしますが」


「流れ、か」


幸村様は落ちていた枯れ葉を拾い上げる。


「時の流れは、徳川にあるのかもしれぬ。その流れに逆らって三成殿も義父上もいなくなってしまった」


彼の手を離れた枯れ葉はそよ風に乗ったかと思うと水面に落ちてスーッと水流に流され、あっという間に視界から消えた。


「だが、友らの思いをこのままにしたくない。だから抗うのだ。たとえ今がどんなに不利な状況であろうとも、どんな謗(そし)りを受けようとも」


その横顔はやはり涼しかったが、瞳がわずかながら揺れている気がした。


やはり信之様と戦うことに躊躇があるのだろう。


「おつらいでしょうね」


私がそう言うと幸村様はそれには答えず、ゆっくりこれまでの経緯を語り始めた。
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