最初から、僕の手中に君はいる

「にしても、セコイ手使うね、勝手に飲んで、一緒にいる時間増やそうとしてんの」
 
 腕の中で寝た赤ちゃんを抱いたまま、片手で肉を食べる直はずけずけと言ってのけた。

「こら、直」

 両サイドに息子、更にその奥にも息子が座っていて、ずっと気配り、目配りを忘れない吉住が、直もしっかり正す。

母親の真紀は終始料理の配膳をしながら食べ、4人の子供は吉住と直がみている。その連携プレーが実にうまく流れており、夢の家族像そのもののような気がした。

「言い過ぎだよ。先輩はね、本気なの」

「それ、フォローになってるの?」

 真紀は網で焦げそうになった肉を大皿に盛り、テーブルの真ん中に置きながら言った。

「なってねーよ」

 直は言う。

「えっ……何で?」

 殺気を感じたのか、吉住が恐る恐る畑山を見た。

「えっ……あれ、なんか僕、マズイ事言ったかなあ……」

 苦笑いしながら、吉住は息子の小さな背中を撫でた。

「付き合ってどのくらいなの?」

 真紀もずけずけと聞く。

「付き合ってねーんだって」

 何故か直が答えた。

「えっ、そうなの!?」

 真紀は私に向かって聞いたが、なんとも答えにくい。

「えっ、えっ……と……」

 そういう質問されても、困るんですけど。

「解った、年がダメなんだよね?」

 今度は直がこちらに向かって聞いた。

「えー、いくつ離れてるの?」

 真紀は缶を持ち、畑山を見ながら聞いたが、

「えっと、僕らより一個離れてるから、丁度10」

 右隣の息子、左隣の息子の口をそれぞれティッシュで拭きながら吉住が答えた。

「10くらいなら平気よぉ」

 真紀は無意味に何度も頷いてみせたが、

「若いの好きだねえ」

 直がつまらなさそうに、呟いた。

「こら、先輩が黙ってるからって言い過ぎだよ」

「普段のお返しのつもりなのよ」

 真紀は笑った。

「でも、誠二さんはすごく素敵な人よ」

 真紀はこちらに向かってにっこりとした魅惑の笑顔を見せた。

「でもって何?」

 直が聞く。

「別に意味ないわよ! えっとね、うちの子供たちもよく面倒みてくれるし、遠いのに、来てくれるし、いつもお菓子持ってきてくれるし、気付いたらこの前洗濯たたんでくれててね」

「畑山部長が洗濯を?」

 私は咄嗟に隣を見た。

「僕も1人暮らしだから洗濯くらい、するよ」

 畑山は前を見たまま言う。

「子供がその辺ポイポイしたのをちゃんと畳んでカゴに入れててくれててね、もー、ほんっとA型でもないのに、いい人なの」

「その血液型いらなくね?」

 直がまた真紀に突っ込む。

「あれ、ABだから時々Aか……ABよね?」

 真紀は畑山に確認した。

「そうだけど……みんな、勝手にしゃべり過ぎ」

「まあまあ」

 そこは後輩の吉住が真っ先に先輩を落ち着かせた。

「ごめんね、つい」

 ではなく、妻の機嫌をとったらしい。

「で、どうするんですか? 帰り」

 吉住のセリフの後、一瞬間が空いたので、私は先に声を出した。

「あの、すみません、私、帰りのことまで考えてなくて……けど、すみません、運転する自信は……」
 
 こちらを見ない畑山に、頭を下げながら反省のつもりで謝罪した。

「悪かった。俺も相談しないで。勝手にホテル予約した」

「…………」

「あれ、ホテルとってたんですか」

 吉住が一番最初に意外そうな声を出した。

「じゃあうちじゃなくてもいいわね」

 真紀も平和そうに呟く。

「ってか、勝手に!?」

 直が驚いてこちらを見た。

「…………」

「上司が部下のためのに部屋とって、何か悪い?」

 畑山は直に威嚇交じりで言った。

「いや、部下ならいいけど……部下なの?」

 直は真紀に聞く。

「そうよね、オフィスラブ」

「オフィスラブって」

 直は顔を顰めた。

「いいわよねー、私、働いたことないから分かんないけど、OLと上司ってなんか、憧れるー」

「制服買ってくればいいじゃん、制服」

「直」

 吉住がその先はよせ、と制する。

「部長! 書類できました! とかね」

 だが、真紀には無効だったようだ。

「ってか本当に部長じゃん?」

「そうだよ」

 畑山は面倒臭そうに答えた。

「部署の長かぁ……」

 直は宙を見上げた。

「大丈夫、店長もすごい人だから」

 真紀は笑って直を見た。

「直はね、パパの店の本店の店長なの」

「雇われね」

 直は不満そうに言ったが、吉住は相手にしないらしい。

「そうなんですか……」

 夜の仕事か……、若いせいか、そんな感じがあまりしない。

「…………で?」

 吉住が話を元に戻した。

「何?」

 畑山は眠そうに返事をした。ビールは既に1本空け終えている。

「あ、あの、私、畑山部長の車での運転は不安だし、けど、夜になってから帰るのも、大変だと思うので、あの、畑山部長にお任せします」

 辺りが怖いくらい静まり返ったので、畑山の言葉を祈るように待った。

「ホテルでいいの?」

 かなり見つめられてますが、子供もいるんですけど!?

「す、すみません、予約して頂いてありがとうございます。私ったら何も考えてなくって……」

 言いながら分かっていた。答えになっていない。

「ホテルでいいなら、もう一本飲むけど」

 見つめられて再度確認された。

「は、はい……。構いません」

「同じ部屋?」

 真紀がすかさず突っ込んだが、そんなはずはない。

「そんなわけないよ。言ったでしょ。部下のために部屋とったんだって」

「自分のためのくせに」

 直も更に素早く突っ込む。

「あのね。直は、自分の彼女より可愛い子を俺が紹介することが気に入らないんだろうと思うけど」

「あんた彼女いたのー!?」

 真紀が飛ぶように叫んだ。

「ちょっ……言うなって言っただろ!!!」

 直は怒りを込めて、半分立ち上がろうとする。

「ふん……」

 畑山も大人げない。そっぽを向いて、しらん顔だ。

「まあまあ、楓ちゃんとのことは、真紀さん以外は全員知ってるから」

「何で私だけ……」

 真紀は吉住をきつく睨む。

「兄ぃも知ってたんかよ!!」

 直の驚きようといったらない。

「そういうのは、バレるもんなんだよ」

 吉住は大人だ。少し笑いながら、直と真紀の怒りを気にもとめない。

「ってことは、店の奴らも知ってるわけ!?」

 直は更に詰め寄った。

「みんなに聞かれるけど、違うって言ってある」

「へえー……お店の子には手を出さない主義だと思ってたけどねえ」

 真紀は頷きながら直を見た。

「さいーあくだッ」

 直は目を閉じて、首を真横に傾けた。

「まあまあ、そんな気を落とさなくても、ね?」

 畑山は上機嫌で直に笑顔を向けた。

「最悪だー、最悪だー」

 直は目を閉じたまま、開こうとはしない。

「オフィスラブってもんは、基本、しない方がいい。仕事と恋愛の両立は難しいし周りがそれに感づくと余計やりにくくなる」

 畑山は誰ともなしにそう言うと、直が

「……じゃあなんでしてるんっすかー、先輩」

と質問した。

「ま、辞めさせて、食わせていく自信があるから。かな」

 畑山はにっこり笑顔でこちらを見た。

「えっ……」

 思わず声に出る。

「あっそ」

 直はその雰囲気をぶち壊すように、大きな溜息を吐いた。

「へー、私なら、夫婦で働きたいけど」

 真紀は自分のことにすり替えている。

「まあまあ……今、いいところだったんだけどなあ……誰も空気読まないの。ごめんね」

 吉住はこちらに向かって何故か笑顔で謝ってくる。

「えっ、いえっ」

「私やっぱ、働きたいかも!」

 真紀は目を輝かせて吉住を見た。

「ホールスタッフでもいいから!」

「当たり前じゃん。誰が嫁さんにカウンターで酒作らせるか」

 意外にも直が強く否定した。

「僕の店はダメ。ダメダメ、どうしても働きたいなら、裏玄関で荷物受けてね。自給600円。それが嫌なら、もう1人産むこと」

「……どっちもヤダ」

 ふいっとそっぽを向くと、黒い髪の毛がふわっと揺れた。

「俺もうこれ以上面倒みられないからね」

 直は吉住をじっと見た。

「吉住はね、真紀さんが魅力的だから怖いんだよ、外出すのが」

 優しい目でこちらを見る畑山が解説してくれたが、それは充分分かる気がした。とても、子供がいるようには見えないので、独身で十分通るだろう。

「さすが先輩、分かってくれてますね」

「私の気持ち、分かんないくせに」

 真紀の顔がちょっと真剣だな、と思った。今、旦那さんにそれほど愛されるのは羨ましいが、子供が4人もいるとかなり大変だろう。なのにその上もう1人となれば、「嫌」という気持ちは、独身の私でも分かる気がした。

「……ま、いいじゃん。ベビーシッター雇えば。自分でみてるから大変なんだよ。たまにはベビーシッター雇うかなんかして、えっとまあ、俺と兄ぃで4人みてもいいし、外に出れば」

 直も真紀の気持ちを察したようだ。

「悪いな、直。来週デートさせてもらうよ」

「……えっ、ええー!! 俺1人で4人みるの!?」

「そんなっ、悪いから直君もつれて行こうよ」

 真紀は可愛く吉住におねだりする。

「っていつものパターンかよぉ……」

 なるほどそのパターンで毎回こうなっているわけか。そう考えると納得したし、直がとても好印象に思えた。

「さ、そろそろ海行こうか」

 畑山は1人立ち上がった。

「そうだね、もう結構時間経ったね」

 真紀は携帯を見ながら確認した。

「後で直と交代させるからね、真紀さん」

 吉住は、真紀を見つめて機嫌をとろうとする。真紀はどんなつもりなのか、じっとその顔を見つめ直していた。

「なになにー、俺なら気にしなくていーよっ。3日後もここ来るから」

 直も赤ちゃんを抱いたまま、立ち上がって言う。

「うん、いい」

 真紀はどっちともとれない返事をした。やはり、さっきのくだりの働きたいという気持ちが消えないのだろうか。

「……働く件はともかく、気晴らしができるように考えとくよ。遅くとも、来月初めまでには必ず何か実行させる。約束する」

 吉住は真紀を見つめた。

「2人きりで旅行行きたい」

 早くも、吉住が「ちょっと無理かな」という顔をした。

「いいよ、期待してないから……。あれ、あ、ごめんね、なんか痴話げんかみたいになっちゃって。いつもこんな風だからね、ごめんね」

 突然真紀はこちらに気を遣い始めた。

「えっ、いえっ、すみませんっ」

「行こう、先」

 畑山は先に行くよう促したが、

「でも片付けが……」

「いいから、ジェットは2つしかないからね。順番なんだよ」

と、先に歩き出してしまう。

「すみません」

 私は誰ともなしにみんなに向かって謝ると、言われるがままにその後を追うことにした。

< 15 / 25 >

この作品をシェア

pagetop