晴明の悪点
「我らとて、人に完全に封じられるわけではないのだよ。退屈になれば、この都の中だけなら歩き回ることができる」
「自由な奴だ」
あきれた様子も、羨ましがる様子もなく、天冥は言った。
天乙貴人、またの名、天一(てんいつ)は長い髪を耳にかけ、痒いのかその頬を長い爪で掻いた。
不気味なまでに白い、抜け魂のような肌である。
「ではなんだ、退屈になって今宵に月でも見に来たのかよ」
「月見とかの前に、曇っていて月など見えぬではないか」
「あ、そう」
実際、天冥の今の心境では月を見ている余裕などなかった。
一条戻り橋の上でぼんやりしている余裕はあったのに、だ。
「私は仲間を探しに来たのだ」
「仲間とは、天将か」
「天将の、大酒飲みだ」
「大酒飲み、とはたれぞ。そんな人のような奴がおるのか」
「青龍(せいりゅう)のことさね」
そこで、艶めかしい年増の女の声が割って入った。暖かい風が首筋にかかる。
天冥は天一の左横に目を向けた。
女が、一人いる。齢は天冥と同じ三十代前半ほどか。
ぶ厚い唇は紅、天一ほどではないが肌が白く、唐衣をその下垂体に着物のように巻きつけて着ている。
しかし身に着けているのはその唐衣のみで、それ以外に何かを身に纏っている様子はない。
その衣の裾からは滑らかな脚が、襟からは豊かな胸の谷間が覗いている。
よく見れば、なかなか色気のある女である。
その女が吐く吐息は暖かく、緩やかな熱風に近い風となって、
誘うように天冥の首筋を舐めあげる。
そこらの独り身の男であれば、確実に色欲をそそられるだろう。
しかしこの天冥、たいして女に色目を遣うことなく、
「朱雀(すざく)か」
と、そっけなく言うのだった。