溺れる唇

いつものように笑っていた。

「こわっ」

冗談めかして怯えて見せて。

笠井さんはいつもの
優しい上司に戻っていた。

「お前は本当に食い意地がはってるな」

私はそんな笠井さんを睨むフリをして、
また滲みそうになった涙を堪えた。

ここで泣いてしまったら、
笠井さんの優しさを無駄にするような
気がしたから。


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