エゴイスト・マージ




『何故、此処でメシを食う?』


忘れもしない、この教室で
初めてゴハンを食べてる私を見た
開口一番のセリフがこれだった

お弁当持参で化学室の
一角を陣取ってると
自分のテリトリーに
入るなとばかりに睨まれた

「大義名分はあるし。

私、理系の大学に進みたいの
空いた時間に勉強を
見てもらいたくって」

「で。本音は?」

「先生、見てないと
ロクなことしてないから
此処で見張ることにした」

「帰れ」

「一人より二人の方が美味しいって」

「……お前がな」

その後も、邪魔だと追い払うような事
何度も言われたけど
段々、無駄だと諦めたみたいで
そのうち何も言わなくなり
最近では漸くこうやって向かい合って
食べてくれるまでなった




いつものように
お弁当を口に運びながら先生を暫し観察

先生ってほぼ毎日パン食べてる
自炊してないのかな?

というか
……それ以前に誰か作ってくれそうなのに
やっぱ本命の彼女いないってこと?


それとも


「パン、好きなの?」

「別に」

「モテるんだから誰かにお弁当くらい
作ってもらえば良いのに」

ぽそっと何気なく呟いた言葉に

「他人が作ったものとか食わねぇよ」

先生が吐き捨てたセリフにハッとする

お弁当を突く手が止まり
私は自然と俯いてしまった



今……



地雷……踏んだ?





子供に死んで欲しいと願っていた母親
そんな人間がまともな
食事を出すだろうか

親が出すモノを
空腹と疑念とで葛藤しながら
口にする幼い子供の姿が脳裏をかすめる


「わ、私がお弁当作ってこようか?」



「……マズそうだから、イラナイ」

一瞬だけ、先生は視線を
逸らしたように思えた



「だよね……」

誤魔化した笑いは乾いていて
内心、心臓が痛みを
伴って激しく打っていた



バカだ私



断られるのは想定の範囲だった
でも、もっといつもの様に
茶化されての事だと思っていた


だから予想外の表情を見せられて

私は自分の無神経さに気が付いた



先生の答えは分かっていた筈
口にすべきことじゃないのも承知で
それでも敢えて聞いたのは

ただ自分のエゴ


自分はもしかしたら、と
何処かで浅はかな思いがあった

あり得ないもしない

なんて傲慢な勘違い



先生のコト

本当は全然分かってなかった

先生の過去がどんなものか
とかちっとも

こんな私なんか特別になれるわけない

思い上がりも
ここまで来ると笑えないね




どんなに近くにいても
時間を共有したところで
結局、先生にとって
私は全く知らない他人と同じ存在


先生は、誰も心には踏み込ませない

私も同じだと、何故忘れていたんだろ?




私は自己嫌悪で一杯だった



ごめんなさい……ごめんなさい


午後の授業中、教科書を
持ったまま机に突っ伏して

私は何度も心の中で先生に
謝ることしかできなかった
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