エゴイスト・マージ


通った学校で
初めて他の親子関係を目にした。

母親らしき女と手を繋いで帰るクラスメイト。

僕には不思議に思える光景だった。

母親が出す手を何のためらいも無く
握り返すヤツらが、理解できなかった。

母親とは自分の子供に笑ったりするものなのか?





―――あの女は一度たりとも
僕に笑いかけることは無かった。

差し出した先に掴んでくれる手も僕には……



どうして違う?

なんでアイツらにあって僕には何も無いんだ?


見つめた手がぼやけて霞んでいく。

悔しかった。

他人が羨ましくって仕方が無かった。
でも、それを認めることがもっと
自分を惨めにさせる。

だから、

僕は悔しくなんかない。

アイツらなんて羨ましくもない。

母親も必要ないし、

最初から僕は一人でこれからも誰もいらない。


最初からいないなら無くすこともない。


感情を持つ事はとてもキケンで、
誰かを特別だと思う事はもっとダメ。

……だって、裏切られたら?



僕は


きっと


きっと――










午前4時。


じっとりと汗をかいて目が覚める。

「……チッ」

微かな残像が瞼に残っていた。

あの女が狂っていく様のその凄まじさは、
あまりの恐怖で当時の記憶の殆どを
手放させるのに逆に役立った位だ。

今では時々こうした
月のない闇夜で目覚めの悪い夢として
残る程度くらいか。




生来、俺は月島の言うとおり
捻じ曲がってるのだろう。
極端に感情が動くことはない。

月島の母親が話をした内容も
俺はそれほど驚きはしなかった。

実をいうとどこかでそう思っていた気さえする。

流石に相手が義兄だとは思わなかったが。


反応が過剰すぎたんだ。

無意識的に男を男としてみようとしていないし、
無防備に近づく癖に
その距離間を全く掴めてない。

恋に憧れはあるとしても、異性としてその関係を
構築することは今の月島では無理だろうと

……俺が言えた義理ではないが。



例の花火の日から、
ふと気が付くとあのバカの事を考えてる。



あんな子供に
特別なモノなど感じていない。

『好き』

だから何だ?

どいつもこいつも簡単にそのフレーズを口にする
そんなにフツーに持てる感情なのか?
よく分からないからイライラする。

俺と月島の間にあるモノ。

強いてあるとすれば同種的共感。


アイツは純粋すぎる。
子供がそのまま大人になったみたいに。


俺が失ったものを持ち続けている。




俺と似て非なる月島。

アイツは闇の世界から這い出ようと足掻いてる。

歩き出そうとしているアイツを
邪魔しようとは思わない。

光へ

誰に歪められる事も無く
未来へ出て行けばいい。


ソレは、教師だからではなく、
母親に託されたからでもなく。


ただ、

そう思った。








午前の授業が終わり、図書館で
借りてきた新書を携えて化学室に戻った。

―――心の中で溜息を一つ。

また、何事もなかったかのように
月島が昼の勉強会を再開させた様で
勝手に教室で弁当を広げてご飯を食べていた。


「…………」


やっと静かに本が読めると思っていたのに。

女心というよりも、コイツは
きっともっと別の生物だという括りで
分類する事に決めた。



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