エゴイスト・マージ
誰かを好きになりたかった反面
私の中のもう一人が
いつもストップをかけてきた。



“本当の事を言えないくせに
付き合うの?”

(言えない、言いたくない)


“相手を騙すの?”

(違う、そんなつもりは)


“うそつき”

(おーちゃんは話すこと全てが善ではないと)


“詭弁でしょ?
おーちゃんは私が患者だから
そう言ってるだけ。分かってるくせに”

(私は誰かを好きになっちゃいけないの?)


“そう。アンタなんか誰も好きにならないよ”

(どうして?)

“どうして?自分が一番知ってるくせにね。
それで心を騙してるつもり?
汚い身体なんか誰も欲しがらなってのに。
じゃぁ、
身体が嘘をつけないようにしてあげる”

(……やめて)


“ホラ、

あの時と同じようになると
身体が動かなくなるでしょ
言う前に相手が気味悪がって離れていくから”

(……いや、思い出したくない)


“でしょ。だから、その方がいいじゃん。

どうせ知られたら
誰も好きになってくれない。

最後に泣くのはアンタなんだから”




どうしてこんな大事なこと忘れていたんだろう。


矛盾する私の心を
コントロール出来ないほど誰かを
好きになるなんて。






「だから何?」




その先生の声は、


「俺にとってお前の過去とかどうでもいい」


とても静かで、


「お前の身体が別の人間を記憶してるのってが
単に気に食わないだけだ」


それでいてハッキリとしたものだった。


「俺に抱かれろ、俺を覚えたら別のヤツらなんか
物足りなくなるぜ」


最後に高飛車なセリフを吐く先生は
いつもと何ら変わらなかった。

「…………」

今、私は悲しいのか、嬉しいのか
それとも、もっと別の何かなのか。

先生が同情で言ってるんじゃ
無いって事は分かる。

先生はそういう感情を持っていない。

だからこそ
それが、どれだけ私を救っているか
先生には理解できないだろうけど。


私はひどく気分が昂ぶって
顔がぐちゃぐちゃになるくらいに
涙が溢れだした。


「これが最後だと呼び出された廃屋のビル」

今でも記憶が途切れててよくわからない。
何故か顔すら覚えてないくらいに
凄くおぼろげで。

「だけど……たぶん私が……」

「もういい」


先生の人差し指が私の指に触れる。

「そのまま忘れてろ」

額ごと後ろに軽く引かれて
ポンと先生の肩口に後頭部を
預ける形になった私に先生はそう囁く。

「忘れて良いの?
……もう開放されていいの……?私」

後から後からこぼれる涙は今までの様に
冷たくはなく少し温かい感じがした。

こんな風に声を出して泣いたのは
生まれて初めてかもしれない。

「元から何もない」

ずっと泣けなかった。
誰にも心を見せてはいけないと思ってた。

おーちゃんの前でも、こんな風には
ならなかったのに。


「俺がお前の最初の男になるんだから」

「……え?」

今、物凄く何かサラッって言った?

「何で肝心なトコ聞き逃してんだよ」

舌打ちの後、

その口調とは裏腹に
頭を背後から柔らかく包み込まれるように
先生の胸に引き寄せられた。

「良いからお前を丸ごとよこせ」

そして、耳元で紡がれた言葉は
今までに聞いたこともない位甘くって。

「……月島」

耳に直に掛かる吐息は
熱を帯びているように熱かった。



だけど、

それと同時に私は
気がついてもいた。

そうなって困るのは先生じゃないの?

先生は何気なく言ってるつもりかもしれないけど
私にとっては違う。


全部鵜呑みにしてしまいそうになるのを
必死に押さえるのがやっとなのに
煽らないで。

「先……生……」

先生と目が合った瞬間、ハッとした。


……ああ、そっか。

先生は困る訳がない。


言葉に意味がないのだから。


だって私もその他大勢の中の一人。


バカみたい私。

分かってるくせに何処かで期待してる
私がまだいる。

恋愛感情を持たない先生がこんな言葉を
使うのを嫌と言うほど見てきた。


先生は女の人をどう扱ったらいいのか
熟知している。
でも多分それは感情や心情から来るものではなく
今までの経験、学習から無意識に
やっているのだと思う。

だから本気にするのが間違っている。


先生の言葉。

それは、諸刃の剣。

好きだからこそ私のとって
その自牙にたてられた矛先は
鋭さを増して刺さるだけ。

今までの人達みたいに
アッサリ私も切られるのかと思うと
揺さぶられる感情よりも切なさの方が
遥かに重い。

嬉しい筈の言葉は、直ぐに私苛むものに
取って代わるだけ。

「何故、泣く?」

先生の声が真上から降る。

「なんで……」

「何だ?」


「私を、他の人と同じように扱わないで」

「…………」

私は先生の腕が緩んだ瞬間、
部屋から飛び出していた。

マンションからどうやって家に
帰り着いたのか分からないくらい
泣きじゃくっていた。


先生は追って来なかった。


それが先生の答え。



分かってた。



……分かっていた。


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