エゴイスト・マージ



「家?行ったんや?」

「はい」

「ヘ~ぇ」

「って、蔦さんも行ったことあるんでしょ?」

「いや。無いで……家は知ってるけど
入れてもらったことないわ」

「え?」

意外な答えだった
長年の友達の蔦さんが
入ったことが無いとは思わなくて。

「……そか。入れたんか」

蔦さんは口の中で独り言のようにもう一度
そうつぶやいた。

「家に行ったっていっても、成り行きで
特別な意味とか」

「成り行きで、アイツは他人を
自分の部屋に入れたりせんよ」


「……口説かれたん?」

「そういうんじゃ」

「でも、そうやろ?良かったやないか」

「蔦さん?」

「醒は自分のテリトリーに女なんか連れ込まへん。
わざわざ、そこに入れたって事はそれ以外に
あらへんやん、ちゃう?」

蔦さんはまるで確認を取るかのような
口ぶりだった。


口説かれた?

『俺に抱かれろ』


あの言葉を。


先生の性格を嫌というほど
知っている私にとって
額面どおりには受け止めがたかった。

先生はいったいどういう意図で
言ったのか、

もしかして私の事を知って
先生なりにそれを解決しようと
ああいう言い方をしたのだとしたら。

それとも一度私が踏ん切りをつけてしまえば
自分から離れてくれるかもと
考えたのかも。


どっちにしても、先生が私を好きで
言ったわけじゃない。

それが分かっているだけに
期待した後がキツイ。

第一あの時、先生は追っては来なかった。

それが私の推測を確定づけていた。


本気じゃないとして
先生はホントは私の事どう思ってるのだろう。

何が本心なのか分からない。

どこまでが嘘でどこが本音なのか。

そもそも人に本心とかを
曝け出すっていう事自体が想像できない。


聞いて答えてくれるような人じゃないし、
もしかしたら先生自身さえ分からない
のかもしれない。


先生は人を好きならないから
どんなに心無い言葉も簡単に言える。

私は違うのに。

ちゃんと恋してる。

ちゃんと先生を好きになった。

もう想う気持ちを
知らなかった頃の自分じゃない。


『俺以外のヤツら――――――』


あの時の言葉が耳に残っていた。


それでも

いつか他の人と同じように
辛辣な言葉で言われたら?


……私はダメかもしれない。



それなら、そんな回りくどい
やり方しなくても。


今―――


違う。


知りたくなかった。

認めたくなかった。


その他大勢の一人だと思いたくなかったから。

だから

いつか笑いながら言われるだろう言葉が、
とてつもなく怖くて、
私はあの時、自己防衛のため
逃げたのかもしれない。



「なぁ、何を言われたとか。
無粋なことは聞かへん。ただ、アンタが
迷よてる事も大体が察しが付く」

急に黙り込んだ私に蔦さんが話しかけてきた。

「知ってると思うから言うんやけど
アイツは子供以外、言い寄ってくる奴なら
誰でもええねん、誰でも」

独り言のように呟く蔦さんの声は
まるで独り言の様だった。

「そのくせ、すぐにあたかも
壊れた玩具の様に捨てる。
わざわざ自ら、踏みつけておいてな」

「もしそれが自分にも向けられると
思うと……やろ」

この人は、同じ感覚を有してる。
震える手で蔦さんの袖を掴んでいた。

「先生が分からない」



「やろうな……泣かんでエエって」

気が付くと泣いていた私の頭を
抱え込むように蔦さんは引き寄せた。

この間から私はおかしい。
まるで涙腺が壊れたみたいに
涙が止まらなくて。

「でも、全然エエやん。
アンタは可能性がある」


「醒、自らホンマの姿を
見せてもろてるやん」



蔦さんは長い間の後、

「アンタは……な」


「蔦さん?」


私の頭の上に乗せられた蔦さんの顔から
その表情は分からなくて、
言っている言葉の意味も
理解はできなかったけど。


ただその時、抱きしめられた力が
ほんの少しだけ強くなった様に感じた。

「救ったって。
もうアンタしかできひんことや」


最後に言われたセリフだけがいつまでも
頭の中でリフレインされていた。


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