エゴイスト・マージ

数日後、病院側の許可が下りて
漸く裄埜君の病室にお見舞いに
行けることになった。

扉を開ける前に深呼吸を数度、
意を決して取っ手に掛けた筈の
指が震えている。

随分長い間、面会謝絶になっていた理由は
あんな事故だったせいで警察が出入り
していた為もあったかもしれないけど

……もしかしたら、思った以上に
裄埜君自身の様態が悪いのかも
しれない。

そう思うとどうしても
中々その扉を開ける勇気を持てなくて、
どれだけの時間そこに立っていたのか……



「……雨音、だよね?入っておいで」



不意に中から自分の名前が呼ばれて
驚きで身体が多分少し浮いたかも
しれない。

裄埜君の声!?


私は恐る恐る扉を開けた。



白い包帯を巻かれた痛々しい姿の
裄埜君を見て息が止まりそうになった。

私に気が付いてゆっくりと
目だけでこっちを見る。

「ドアの小窓のすりガラスに
ずっと動かない人がいるから
入るかどうしようか迷っていたんだろう?

そんな可愛いことするのは
君しかいないだろうなって思って。

いつになったら入ってきて
くれるんだろうって待ってたんだけどね。
早く会いたくなって、つい名前呼んでしまった」

そう微笑んで言うから。
軽い調子で言ってくれたから――

私は室内に足を踏み入れることが出来た。


「……来てくれたんだね」

肩、腕に痛々しく包帯を巻かれ
左脚は台に乗って様々な機械が付いている。

その姿に思わず顔を顰めてしまった。

「本当はね、そんな顔をするだろうと
思って面会謝絶延ばすつもりだった。

でもそれじゃ却って雨音が
心配するかと思ってさ。
って違うな……我慢しきれなくて。
早く会いたかったんだ、君に」

「…………」

努めて明るく話す裄埜君に違和感を
感じる。

「あ、見た目ほど酷くは無いんだよ?
だから――」


嘘つき。

全然大丈夫じゃないのに、
なんでそんなに私を庇うような事いうの?


「そんな顔しないで
大丈夫だって、心配いらないし」

「全然大丈夫じゃない。
こんな時まで優しいのはズルいよ、
どう声かけていいのか分からない」

「じゃ、声かけなくていいから
傍に来て。もっと顔をよく見せて欲しい。
足、ギプス巻かれてるから
自分から君の傍にいけないんだ」

こんな場面でも裄埜君は私に気を使って
やさしく話しかけてくる。

何一つ私は彼にきちんと向き合って
来なかったのに責めもしてくれない。
このケガだって元はといえば
私の所為なのに。

「裄埜君ごめんなさいっ。
私のせいでこんな事に……」

「だから大丈――」

「本当は大丈夫じゃないよね?
骨折してるんでしょう?
サッカーの試合楽しみに
してたんじゃないの?
部活頑張ってたのに、お願いだから
私にそう言ってよ!!」

つい大声で叫んでしまった。

余りにも彼が平気を装うから。
やさしいけど絶対に本心を見せない
彼に苛立ったのかもしれない。

自分の事は棚に放り出しておいて
人にはそれを求めるとか
私こそ狡いとどこかで感じながらも
言わずにはいられなかった。

だけどやっぱり
裄埜君の声は落ち着いていて
私に諭すような言い方をするだけ。

「君は何も悪くない。

例えこのままこの足が
一生治らなくても構わない。
サッカーは好きだけど
将来選手になろうと
思ってるわけじゃない。

だって助けるだろう?

相手は他でもない君なのに。
好きな子の命と引き換える
ものが何処に存在するの?」

真剣な顔でまっすぐ私を捉える
裄埜君の言葉に胸が痛いほど
締め付けられた。

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