エゴイスト・マージ
手当をして貰ったあと
私と裄埜君は彼の病室で二人きり。

「彼女どうなるの?」

「少年鑑別所、少年院……まだ
分からないけど可能性はある」

私達が黙っていれば済むことじゃないかと
思って、裄埜君を見ると考えを
読み取ったのか、彼は首を静かに横に振った。

「親告罪って知ってる?」

私は知らないと口にした。

「親告罪はね、告訴がなければ公訴を
提起することができない犯罪をいうんだ。

だけど――殺人罪は違う。
例え未遂であっても被害届や告訴はいらない。
告発はこの場合関係がないんだよ。

二人しか居ない場所で起こったのなら
いざ知らず、あんな人の多い駅で、
しかも事件が明るみになってる以上
誤魔化すなんて到底不可能」

「俺達が仮に犯人に心当たりがない
と言ったところで警察もバカじゃない。

単なる偶発事故じゃないって踏んで
既に動き出している。駅の防犯ビデオで
犯人が分かるのも時間の問題だろう。
もしかしたらあらかた見当付けてる
のかもしれない。
だから俺達に怨恨の線で
接触してきてるんだと思う。
雨音だってそう聞かれたろう?」

「警察、よく来るの?」

「連日さ」

「…………」


「あとはナツ次第だ。
あの子のことだ俺がこうなった
知った以上、
明日でも自分から出頭すると思う。
だから一日だけ待っていて欲しい」

裄埜君はそういって
深々と長い間頭を下げた。


「……うん」


多分二人の間には
私には計り知れない信頼関係があるだと
その態度で分かるから
これ以外の返答は私には無かった。


「ありがとう」




「あの子……ナツとは付き合っていた
というか……俺ね、雨音と出会う前
色んな人と付き合っていてその中の
一人だったと言った方が良いかな。

ファンクラブとか容認してたくらい
適当だったんだ。

無論、誰も彼もという訳じゃなかったけど
それに近かったし、真剣に付き合うって
いうのが俺には向いてないって
思っていた。
周りも何となくそれで良いって感じで。
あの子は君に対してはああいう態度だけど
本来は後輩の面倒見もよくて
明るくて悪い子じゃなかったんだ」


――裄埜君。


裄埜君、それは……

あの気性の激しい彼女が自分が大勢の
中の一人で我慢していたのは、
きっとそうしてまでも
裄埜君と一緒にいる事を選んだから。



いきなり出てきた私。

一人の為にファンクラブをいきなり
解散したと聞いた時、
さぞかし私を憎んだでしょうね。

それなのに、私は

『えと……まだハッキリと
付き合ってるわけじゃ』


よくもあんな無神経な言葉を……

だからと言って殴られたり
突き落とされて仕方がないとは
思いようがないけど。

それでも私が彼女くらい裄埜君を
好きなら自分を正当化できるのに
思ってしまうのは彼女への後ろめたさ
かもしれない。


「彼女には女性でしか
得られない情報を協力してもらっていた。

そのナツも俺の事を
全部知ってるわけじゃない。

知ってるのは恐らく此処までだろうね。


誰にも……いや正確に言うと
成り行き上、一人だけ知ってる人が
いるけど。
俺の口から話すのは君が初めてだよ」

そこで一旦話を区切ると、
再び裄埜君はナースコールで
看護師を呼び寄せた。

「忙しいのにスミマセン。
彼女は無事帰りましたか?
……そうですか、有難うございました。

もう一つお願いしてもいいですか?
夕食は要りませんので配膳しないで下さい。
それと、彼女と少し大事な話があるので
面会謝絶のプレート出して頂けませんか?
終わったらすぐ知らせますので
その間の部屋の入室も仕事に
差し障りない程度に控えて頂けると
助かります」

看護師は先に検温等済まさせてくれれば
OKだと言って色々処置があるからと
その間だけ病室の外で待つことになった。

十分ほど待った頃、

「もう良いわよ」

と看護師に言われて入ろうとした腕を
掴まれて、小声で

「しっかりした彼氏ね。
気配りとかあの年で凄いし、イケメンだし、
あれじゃモテて仕方ないでしょうね。
本当、貴方も大変ねぇ」

とニッコリ?ニヤニヤ?しながら
じゃーねと面会謝絶の札を掛けて
出て行った。

さっきの乱闘騒ぎ、きっと
ナースステーションで数日間は語り継がれる
だろうなと深い溜息が出る。


病室に入ると裄埜君はまっすぐ
こっちを向いていた。


「いつか君には真実を話す時がくるだろう
と思っていたけど、多分今がその時
なんだろうね」

「真実?」

「本当の俺。
話した後、君はどんな顔をして
俺をみるだろう。
……それが怖いよ」

「裄埜君……」

そう前置きをして話しだした
裄埜君の話は予想だにしないものだった。
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