プリズム
新しい命
桜も散り、だいぶ過ごしやすくなったある日、遅い昼休憩を取った絵理香はいつになく倦怠感をおぼえた。

全く食欲もなくて、家で作ってきたハムサンドも一口しか食べられなかった。

朝はなんでもなかったのに、風邪かな…と思ったが、夕方になるとムカムカと吐き気がしてきて、我慢し切れず店を早退した。

もしかして…と思った。

心当たりがあった。


帰り道、妊娠検査薬を買い、家のトイレで検査薬を使うとくっきりと陽性を示すピンクのラインが浮き出ていた。

「やったあ!」

絵理香はトイレの中でガッツポーズを作り、早速 [Baby出来たよ]
とメールで翔に伝えた。

すぐに返信があった。

[でかした!]

短いのは、仕事中で忙しかったせいだろう。


待ちに待った新しい命。

嬉しいけど、不安の方が大きかった。


ー礼央と親子になりきれていないのに、
赤ちゃんが生まれる。

私は二人を同じように慈しむことが出来るだろうか。
翔はとても子煩悩だから、子供達を分け隔てなく可愛がるだろう。

でも、今、私は半分も礼央のお母ちゃんになりきれていない。

早くならなきゃいけないのに…
赤ちゃんが生まれるまでに。

どうしたら、礼央のお母ちゃんになれるのだろう。

絵理香はソファーで横になって自問自答した。


絵理香は以前、流産したことがあったので、次の日から仕事は当分休むことにした。


間もなく、酷い悪阻が始まった。

食べては吐く、食べなくても吐く、の繰り返し。

まるでトイレが絵理香の部屋みたいだった。
翔が家にいる時は絵理香の背中をさすって「大丈夫?」といたわってくれた。


礼央はそんな翔と絵理香を遠巻きにして見ていた。


絵理香は頃合いを見て、メールで札幌に住む母に妊娠を伝えた。

するとすぐに母から電話がかかってきた。

保健師をしている母は、絵理香の妊娠を大層よろこんでいた。

「妊娠すると歯が悪くなりやすいし、赤ちゃんが生まれたら、歯医者にも行く時間もないよ。虫歯があるなら安定期に入った頃に歯医者に行きなさい。」
とアドバイスしてくれた。
< 13 / 23 >

この作品をシェア

pagetop