プリズム
その年の冬、絵理香は翔との子供を産んだ。

男の子だった。

名前は翔と相談して、「利央」に決めていた。

上の子が礼央、だから「央」の字は絶対使うことにしていた。

生まれたばかりの利央を初めて抱いたとき、絵理香は怖かった。

小さくて頼りなくて、すぐ壊れそうだけれど、ずっしりと重い。

今まで感じたことのない感覚だった。

絵理香は病室のベッドで利央を抱きながら、付き添ってくれている母に言った。

「私は既に礼央の母親だけど、これでやっとほんとに礼央にとっても母親になれる気がするの」

母は、不在の翔と入れ替わりに札幌から上京してずっと絵理香についていてくれた。

礼央の七五三の時も、母は上京し、絵理香たちとともに祝ってくれた。
兜と源氏車の絵がプリントされた黒い羽織としま袴を着た勇ましい礼央の姿を、目を細めて見ていた。


礼央と利央。
二人とも宝物だと思った。

「やっぱり男だった。俺が言った通りでしょ。」
と可愛い声で無邪気に言う礼央。



「絵理香!」

スーツ姿にボストンバッグを持った翔が病室に飛び込んできた。

翔は出張先のアメリカから帰国したばかりで、成田空港からの足で産院に駆け付けたのだ。

翔はベビーベッドで眠る利央を見て呆然としていた。
「間に合わなくてごめん…。」

礼央が生意気に言った。
「お父ちゃんいなくても、大丈夫だよー。俺とおばあちゃんがいるから。」

大人たちが笑う。

「そうだ、礼央くん、お母ちゃんに赤ちゃん産んだお祝いのプレゼント買ったんだよね?」

祖母に促され、礼央が変身ヒーローの絵が付いた自分のショルダーバッグから小さな箱を取り出し、絵理香に渡してくれた。

箱を開けると緩衝材にくるまれたガラスのコップが現れた。

「お母ちゃん、北海道に行った時、コップ欲しかったのに、買わなかったでしょ?」

可愛らしいクマ達と色とりどりの小花がプリントされたグラスだった。

「だから、俺がお小遣いで買ってあげたよ」

礼央が得意げに言う。

絵理香は礼央の優しさが心に染みて、言葉が出てこない。

透明な万華鏡のようなそれを宙にかざしてみた。

グラスは冬の弱い陽射しを受け、美しい虹のようなプリズムを生み出していた。

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