オトシモノ

事の発端

――…その手紙が届いたのは、突然だった。


宛先『小鳥遊 霜香(タカナシ ソウカ)さま』


差出人『青葉 蒼史(アオバ ソウシ)』


それだけ書かれた、真っ白な封筒。


ずしりと少し重みを感じる事と、封筒に僅かな膨らみがあるのを見ると、何か物体が入っているらしい。


…しかし…"青葉 蒼史"というその名前に、わたしは全く見覚えがなかった。手紙を送ってくるぐらいだから、親しい人だと思うのだけれど。


わたしは首を捻った。


記憶を辿ってみるも、わたしの知り合いには、そんな名前は無かったように思う。
…わたしに覚えがないのだから、姉の知人なのだろうか。


いや…それにしても、さっぱり覚えがない。


姉が事あるごとに紹介したり、一緒に遊んだりしたせいで、姉の友人や知人は殆ど知り尽くしていると思っていたけれど…。


ああでも姉の事だから、もしかしたら交流のある人が他に沢山居てもおかしくないか…。もしかしたらわたしが覚えてないだけなのかも。


姉は、内気でインドアなわたしと違い、外向的で活発な人だったから。


…そう考えて、ふと懐かしくなった。


しかし、もし姉の知人からなのだとしたら何故、わたしに手紙を送ってきたのだろうか…。

疑問が一瞬首をもたげるが、わたしは頭(カブリ)を振ってそれを掻き消した。

…多分、わたしに何か言いたいことがあったのだろう。




――…封筒、開けても良いよね?


わたしは小さく心で呟いた。


わたしに届いた久しぶりの手紙だと言うのに、それを開ける手が戸惑い、震える。

部屋にはわたし以外誰も居ないのに、何となく躊躇った。


一瞬迷ったけれど、ハサミを手に取って、丁寧に封筒を切り開いていく。


…そうだよね。


わたしが開けなきゃいけないのに、どうして戸惑ったりしなくちゃならないの。


――…きっと、普段は送られて来たりしないから、この手の郵便物に慣れてないだけだ。だから困惑するんだ。
うん、そうに違いない。


わたしは勝手にそう納得すると、意を決して封筒を手の平の上で傾けた。




――…コロン…。




「………っ!」




転がったのは、小さな指輪。


それを見た瞬間、わたしはハッと息を呑む。


…それは…、見覚えのある指輪だった。


――…どうして…。


一年以上前に、疾うに無くしたと思っていた指輪が、そこにあった。


8月の誕生石である、ペリドットの嵌まった銀色の小さな指輪。


わたしの誕生石だ。


…でも…本当にどうしてこの指輪が今、ここに届けられているのか分からない。


――…青葉…さんは、何故、これを持っているの…?


そう思った瞬間、わたしを"何か"が突き動かした。




――…知りたい。

それは、きっと禁断の欲求だった。



…だけどもう、引き返すことは出来ない――


――――…
―――――…



あの後、封筒を覗いてみたけれど、指輪の他に入っているものはなかった。


…手紙も、何も。


けれども、わたしは好奇心に負け、青葉さんとやらに手紙を書いてみる事にした。




"青葉 蒼史さま

こんにちは。

指輪を送って下さり、有り難うございました。

少し前に無くしたとばかり思っていましたので、とても嬉しいです。

貴方はこの指輪を、何処でどのようにして拾って下さったのでしょう?

とても不思議に思っております。もし、不快でなければ、経緯を教えて頂きたく…"


それから、是非文通をしたいという旨を綴る。


…最後の文を少し迷ったが、結局そのまま"小鳥遊 霜香"と締めくくって手紙を用意した封筒に入れた。


――…が、そこでハッとする。


わたしは重大な事に気付いてしまった。


青葉 蒼史は、住所を書いていなかったのだ。
これでは、この手紙は青葉 蒼史に届かない。


慌ててもう一度、青葉の手紙を確認する。


…だが、住所はおろか、消印すら無かった。
よくよく考えれば、手紙にわたしの住所も何も書かれていないのに、このアパートのポストに手紙が届くこと自体がおかしかったのだ。


――…と、いうことは。



わたしの背中を、何か薄ら寒いものが通り抜ける。


青葉 蒼史は、直接届けに来たのだ。わたしと姉の住んでいる、このアパートの事を知っていて。


…どうしよう。


ただの勘違いだったら良いけれど、もしかしたらストーカー?


そう考えると、背筋がゾクリと粟立つ。


万一襲われでもしたら、どうしたらいいの…?




――…わたしは、声が出ないのに。




…そう。


わたしは、三年前に声を失っていた。


…と言っても、別に声帯を切り取ったわけではない。


ただ、あの時のショックから立ち直れないでいるだけだ。





――…わたしは、所在無さげに手の平に乗っている手紙を見下ろした。


どうしよう。


好奇心はあるけれど…、危険を冒してまで知りたい事だろうか?





…いや。


決めたのだ。


わたしには、どうしても"青葉 蒼史"を知りたい理由があった。




「………」




お姉ちゃん、と口を動かす。


姉は、この部屋には帰って来ない。


もしかすると、きっとまだ…


わたしは考えかけた事を頭の中から振り払うように、軽く頭(カブリ)を振った。
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