幸せになろう
「よかったら、スタジオを見学して見る?」
スタッフに最初に連れて行かれた場所では、レコーディングの真っ最中だ。
アイドル歌手が同じ曲を何度も歌わされている。
練習、そして本番。だが、なかなかよしとされない。
だんだん歌手も疲れてくる。
「よし、いったん休憩」
スタッフから水を渡され、喉を潤す。
「レコーディングって、何度も歌わされるんですか?」
「そうだよ。何度も取り直してようやく良いものが出来るんだ。一回でよしとされる
人はなかなかいないね」
これだけ歌い続けたら声が出なくなるかもしれない、エレーナはそう思った。
次に訪れたのは、ダンススタジオだ。
他のアイドルが鏡の前で、何度もフォームを手直しをさせられている。
指導者から何度もやり直しさせられる。
「表情が硬い、もっと自然な感じで、1、2、3、4」
曲に合わせて激しく踊る。
さらに、別のスタジオでは、モデルの写真撮影。
何度も着替えては撮影。
「手はこの角度、足は少し、ずらした方がいいね。そう、いいねその表情」
カメラマンが細かく指示を出す。
モデルは、笑顔でそれに応じる。
笑顔を絶やさず、何度も同じようなポーズを取り、
しかもこれを自然な感じでこなさなければならない。
これじゃ体が固まってしまいそう、エレーナはしだいに自信がなくなってきた。
「さらに新人アイドルは、各方面に挨拶周りがあるんだよ」
「まだあるんですか?」
事務所に別のアイドルが、マネージャーと一緒に戻って来た。
「あの娘は、現在売り出し中の新人アイドル。
今、売り込みから戻ってきた。一日に何か所も周るんだよ」
「何か所もですか?」
スタッフは、芸能人のハードなスケジュールについて説明した。
だが、そのアイドルは疲れている様子など全く見せない。
アイドルは疲れを見せてはいけないのだ。
  
 エレーナは今頃プロダクションの人からいろいろ聞いているのかな。
慎一にとってその日は長く感じられた。
「慎一さん」
エレーナが帰って来た。
「どうだった?」
「スタッフの人から、いろいろ聞いたんですけど、スケジュールが過密で、
ほとんど休み無しで、自分には出来そうもないので、断ってきました。
それに芸能界に入ったら、毎日いそがしくて、慎一さんと一緒にいられなくなるし……」
「そうか。実は、君に芸能界入りの話が来た時、正直言って複雑な気持ちだった。



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