日常の奇跡
つくづく、自分の性格がいやに

なる。




アナウンスが、出口はかわって

左側になると告げた。

いち早くその場から逃げ出した

くて、章子はアナウンスが終わ

ると席を立ち、彼らが視線にう

つらないように背を向けドアの

前に立った。

女の笑い声が耳につく。

こんなに人間の笑い声がいやだ

と思ったことは今までなかった。

時として、笑みは人を傷つける

凶器だ。


電車が止まり、目の前のドアが

開いた。


その瞬間、少しだけ彼女は振り

返る。

あの人と女性の笑顔が見えるの

だろう。

見たくないという気持ちと、

未練で以って最後に一目という

気持ちが混ざり章子は視線を動

かした。









そして……………

  ……『奇跡』は起きた。




「……………………」

その時、男の瞳は確かに章子を

映していた。

思わずとまりそうになる足を動

かし、彼女はどうにかホームに

降り立った。

男の瞳が章子を映していたのは

ほんの一瞬で、すぐに彼の顔は

また隣の女性にい向いていた。

ただ単に、視線を動かしただけ

なのかもしれない。

それでも………確かに、あの

瞬間だけ男の瞳には章子だけが

映っていたのだ。




彼女は過ぎ去った電車の後方を

しばらくその場で見つめていた

のだった。




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