赤いスイートピー
チエミは父の帰宅を待っていた。

このところ帰るのは、いつも午後十時頃だ。

呼び鈴がなり、継母が玄関に出た気配と父の声がした。

チエミは一階に降りて、リビングで上着を脱ぐ父に話し掛ける。

「おかえり!お父さん、私、週末友達と旅行に行く。一泊するけど、いいでしょ?」

父は自分のジャージに着替えながらチエミに訊く。
「ああ。誰と行くんだ?」

チエミはクラスメイトの名をあげた。

「気を付けて行ってきなさい。泊まる宿の電話番号、お母さんに教えておけよ。」

「うん。わかった。」

父は食卓につくと夕刊を広げ、夕食のおかずをつまんだ。

「ちょっと、待ちなさい。」

チエミが自分の部屋に戻ろうとすると、父に呼び止められた。

「…何?」

チエミは柏田の事を言われるのかと、緊張した。

父は新聞に視線を落としたまま言った。


「チエミ。お母さんにもう少し優しく出来ないか?」

その言葉はチエミの胸に、ぐさりと突き刺さった。

チエミは戸惑うのと同時に怒りが湧く。

「優しくってどういうこと?」

つい声がとげとげしくなる。

「あの人、お客さんなわけ?」

「お母さんをあの人なんてよぶんじゃない!」

普段、温和で穏やかな父が声を荒げ、厳しい目をチエミに向けた。

「…」
チエミは驚き、足が震えた。

「やめて!」
何時の間にか継母が、部屋の戸口に立っていた。


「私が弱いから、いけないのよ…」

継母が思いつめたように言った。


「チエミはもういい。」

父はチエミの顔を見ずに言うと立ち上がり、慌てて継母を寝室に連れて行った。



「こんな家族、いらない…」

その様子を見ながら、チエミは呟く。


涙が頬を伝い、足元に落ちる。
なぜ涙が出てくるのかわからなかった。

一人、取り残されたチエミは、頬を手の甲で拭いながらすすり泣いた。


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