猫と宝石トリロジー①サファイアの真実

惹かれあう二人


落ち着け、冷静になるんだ。

自分に言い聞かせた結果、口から出た言葉は彼女を落胆させるものだった。

「違うみたいだ」

「えっ?」

「うちの絵にはあやのというサインはない」

美桜は落胆と困惑の表情を隠さなかった。

彼は嘘を付いている……どうして?

サインがあるなしは言っていないのに。
その時点で嘘だとわかる。

名前を言った瞬間の彼の表情は間違いなく同じだと言っていたのに。

何かあるの?

それ以上に絵が同じものだって事は、どういう事になるのかしら?

これで終わりにはできない
何とかして絵を見せてもらわなければ。

「でも、あなたおっしゃっていたわ、猫の模様が同じだって……」

「見間違いさ、よく見たら違っていたって事はあるだろ?」

「でも、あの猫の模様は珍しいでしょ?」

「そうかな……」

「そうよ!!あの模様はシャムロック、あの絵が描かれた国の象徴よ」

「だから、クローバー……」

彼女はハッと口を押さえて俺を見た。

アイルランドか……

記憶を手繰り寄せて見るが、その国に行った覚えはなかった。

絢士は、ふうーと長い息を吐いた。

自分はいったい何を恐れているんだ?
たかが絵じゃないか。

もし産みの母親が有名な画家だったとして、今の自分にどんな影響があるっていうんだ。

俺は絵をかかない。

猫の絵はあれ一枚だけ、他はスケッチブックや本格的に描かれたものはサイズがもっと小さい

価値のあるものとは考えていなかったが、
あろうとなかろうと売るつもりはない。

それに……

絢士の中に新たな疑問が生まれた。

彼女はどうしてそこまでして母の絵を見たいんだ?
欲しい、ではなく見たいと言う。

別に見せたところで減るもんじゃないか……

「お願い、ご迷惑はお掛けしないってお約束するわ」

彼女の必死な表情に思わず顔がほころんだ。
こんな風に懇願されて断れる男がいるだろうか?

もし彼女に絵を見せて母の事がわかったとしても、
何も恐れる必要はない。

若くして俺を産むことに決め、自分の人生を犠牲にしてしまっただろう母の事情が最悪のものだったとしても、
今更俺の人生を揺るがすことはないはずだ。

それは絢士がこれまで何度も自分に言い聞かせてきたことだ。

「見せていただくだけでいいの、どうしても見てみたいの、ダメかしら?」

彼女の大きな瞳はキラキラしている。

悪くないな。

絢士は渋い表情でうつむいて、彼女にわからないように笑った。

今日は濃紺のシンプルなワンピースを着ている。

シンプルなものが好きなのか?
それともわざと地味を装っているのだろうか?

そう考えさせられるほど彼女は自分を着飾っていない。

それなのに
どうしてこんなに女らしくて上品なんだろう。

彼女のすべてが好ましく見えてしまう。

そしてそばにいればいるほど、独占欲と保護欲が混ざり合った気持ちが急速に膨らんでくる。

今すぐに俺だけのものにして誰の目にも触れさせたくない……

そう考えた事に、ぎょっとした。

自分はいつからこんな男になったんだ?!

神宮寺を一目惚れや運命を信じる間抜け…、いやロマンチックな男だと笑った事を謝る日が来るなんて……


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