猫と宝石トリロジー①サファイアの真実

絢士はいったん目を閉じて深呼吸する。
冷静になるんだ。

「わかった」

「えっ?」

「いいよ、絵を見せるよ」

「本当?」

パッと明るくなった彼女の顔を見て微笑まずにはいられなかった。
そんな顔を見られるのなら、絵を見せるくらいどうって事ないさ。

「ああ、でも少し時間をくれないか」

「もちろんです」

美桜は今すぐにでも見たい衝動を必死に抑えた。

絵が本物だったら、彼がどうやってその絵を手に入れたかを話てくれれば謎の答えは簡単に見つかるはずよ。

この時、美桜は答えは単純なものだと
何故か楽観的にとらえていた。

「時間が出来たら家に招待するよ」

「家っ?!」

美桜の声が裏返った。

馬鹿ね、絵を見るだけなのに何を焦る必要があるのよ!

男の人と二人になるなんて仕事ではよくあることよ、今更だわ。

だが、美桜はもう一度繰り返した。

「あなたの家……」

彼を意識している自分に動揺してしまう。

どうしたの美桜?

あなたが気になっているのは絵でしょう?

くるくる変わる彼女の表情に、絢士はこらえきれずついに吹き出した。

「笑わないで下さい」

「期待されてると覚えておくよ」

「ち、違います!」

「どこにあると思った?」

「それは……」

「まさか、見せて欲しいと言っておいて君の店まで持って来いとか言うつもりだったとか?」

「そんな事はありません」

美桜は本当はそうしてくれるものだと思ってた。

だって、並べて見比べたいから。

「そう、ならば都合がつき次第こちらから連絡するよ」

そう言って絢士は右手を差し出した。

「え?何?お金??」

途端に絢士の顔から笑顔が引いた。

「それは見せてもいいと言ったのを止めるのに十分な発言だな」

体から血の気が引くように声が低く冷たいものになる。

俺の事をそんな男だと思っているのか!
だとしたら、絵を見せる以前に……

「ごめんなさい!」

潤む彼女の瞳は後悔でいっぱいに見える。

「本当にごめんなさい…でも何なのか…」

美桜は間違った発言をしたことを瞬時に悔いていた。

まだ2回目だけれど、
この人はそんな人ではないとわかっていたのに。

「わたし何かお借りしていたかしら?それとも何かご注文が?」

彼女は本気で何かモノを思い出そうとしているようだ。

冷たくなりかけていた絢士の心にも温かみがもどってきた。

「本当にわからない?」

「ええ、ごめんなさい」

絢士は短いため息をついた。

「俺はどうやって君に連絡すればいいのかな?えっと… あそうさん」

美桜は彼のイヤミたっぷりな言い方にようやく気づいた。

慌ててバッグの中から自分の名刺を出す。

「私ったら信じられないわ、本当にごめんなさい」

クリーム色の名刺には金色で店の名前と電話番号、仕事柄なのかあえてローマ字表記だけの名前。

「あそうみおうさん?どこかで聞いたことのある名前だな?」

「有りがちですよ」

「そうかな?!みおうって漢字はどう書くんだ?」

「ご想像通りだと思うわ」

そっけない彼女をまじまじと見た。

なるほど……
自分の事はあまり知られたくないって訳だ

彼女の困ったような瞳は、これ以上何も聞かないでと悲しげな色を見せている。

仕方ない、今日はここまでだ。

絢士は名刺を裏返して、わざとらしくとがめるような視線を向けた。

「な、なにかしら?」

「裏にプライベートの番号がないんだけど?ナンパの基本だろ?」

「自惚れないで」

美桜は笑いながら、ふんっと鼻を鳴らした。
< 19 / 222 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop