大嫌いなアイツ
 

一気に梨夏の身体に力が入る。
突然の誘いに驚いているだけだとわかってはいるけど、どこかで、断られたらどうしよう、と思ってしまう。


早く、うん、って頷いてほしい。
祈るような気持ちで梨夏の返事を待つ。


「…梨夏。」

「………あ、あの…」

「早く…、」


抱きたいんだ。


そう言いたいのをグッと抑える。


早く梨夏に触れたい。
キスしたい。
抱きたい。


でも、それは身体目当てとかではなくて、梨夏に触れていたいだけ。
梨夏を感じていたい。
ただ、それだけ。





数秒の沈黙の後、


「……………うん…。吉野と、帰る」


俺の気持ちが伝わったのか、梨夏が俺の腕をきゅっと掴んで、そう呟いた。
梨夏の言葉に、ホッとする。


梨夏を抱き締める腕の力を少し緩めると、梨夏が俺の腕の中でもぞもぞと動き、俺の方を振り向いた。


「…ん?」


『どうした?』と首を傾げる俺に、こう言った。












「…私も早く、吉野に触れたい」













――――もちろん、この言葉で、俺のスイッチが入ってしまったのは、言うまでもない。


梨夏は俺を誘う天才だと改めて思った。




 
< 72 / 103 >

この作品をシェア

pagetop