想 sougetu 月
「ふにゅ~」

 今日も空振りに終わって、重い足を引きずって戻ってきた。
 門限はないけれど、夕食が出来る頃までには帰らないと斎がうるさいのだ。

 おじさんとおばさんが忙しい今、一緒にごはんを食べる相手は私しかいない。
 私が食べないと斎はお腹がすくし、いつまでも片付かないことが苛立たせるようだった。

 機嫌の悪い斎は手がつけられないほど意地悪だ。

 普段の優しい声と穏やかな物言いは鳴りを潜め、低く響く声と辛らつな言葉が次々と出てくる。
 それで何度泣かされたのか覚えてないほどだ。

 私が泣いて謝ると気が済むのか、その後は普段よりずっと優しくなって私を甘やかす。

 飴と鞭の絶妙なバランス。
 そのせいで私は斎を嫌いになれないのかもしれない。

 手を洗い口をゆすいで、タオルで拭いている自分が洗面所の鏡に映る。

 赤いチタンフレームのメガネ。
 長く真っ直ぐな髪。
 少し痩せ気味だけど、貧相ってほどではない。
 胸だって意外とある方だ。

 それでも顔は一般的なレベル。
 お世辞にも綺麗だとか可愛いとかは言えないだろう。

 そんな私に比べて美人な美鈴おばさんの容姿を受け継いだ斎は、体格もおじさん譲りで、両親のいいトコだけを引き継いでいるようだ。

 街で斎と一緒に歩けば、かならず冷ややかな視線や、露骨な言葉をぶつけられる。

 美青年と言って間違いない斎と、平凡な私が一緒に歩いていれば誰だって違和感を感じるだろう。
 文句の1つでも言いたくなるに違いない。

 そういったことにさすがに慣れてしまったが、一人暮らしを始めればそういうことはなくなるだろうし。

 斎が側からいなくなったら、この気持ちも薄れていく。
 私が斎を諦められたとしても、私は他の誰かを好きになることが出来るのだろうか?

 そう不安になるほどに、私の心は斎だけを見つめている。
 
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