君がいるから
"あきな!!"
瞼を瞑ると頭の中で響くあの人の声と顔が、脳裏に思い浮かぶ。あの笑顔も温もりも今、傍には――。
「アデ、ィルさん……」
「お~いたいた~。可愛いお嬢さんが一人そんな所で、風邪をひきますぜい」
突如、背後から発せられた声に驚き目を見開き振り返る。
「よっお嬢さん」
瞳に映る人の影――顔まで確認することは出来ない。でもこの話し方と声は聞き覚えがある。コツコツっと自分に近づいてくる足音に、さっきまで震え力抜けた足でよろめきながらも立ち上がり、靴音に合わせて後ずさる。
「おいおい。んなに怖がることねーって。寒いだろ、そんなとこにいたんじゃ。中入ろうぜ?」
「こっ来ないで!!」
相手との距離が迫る。でも私の背には手すりがあたり、もう逃げ場がないと思い知らされる。
「お嬢さん。そっちは危ないからこっちに来なって。ほら」
暗闇慣れれきた視界に、男がこっちに手を差し出していたのが映り込む。
「……い、や」
首を左右に振り、これ以上後へ行けないのにも関わらず、手すりに体を押し付ける。
ギシッ
「っ!! お嬢さん、何もしねーからよ。こっちに来いって。それ以上体重をかけると――」
「来ないでっ!!」
「おいっだから、それ以上そいつに寄りかかるな!!」
更に手すりに体を預けた――。
背後に感じていた硬質の感覚が無くなって、その代わりに浮遊感が襲う。
「お嬢ちゃん!!」
まるで――スローモーションのように重力に逆らわず体は傾いていく。その瞬間、脳裏に浮かんだのは――。
手首に力強い何かに掴まれる感覚。
「だから言わんこっちゃないぜ、ったく」
呆然としながらも肩を使い荒く息を吸い込んで、冷たい空気と一緒になってきついお酒の香りが鼻腔に刺激を与える。すぐ近くにドクドクっと、自分と同じように早く脈打つ音が聞こえてきて――。
「大丈夫か~お嬢さん」
真上から降ってきた声で、おもむろに視線を上げた先に――垂れた目元、少し目にかかるほどの前髪。
「そろそろ、どいてほしいんだけどよ? でもまっ、おりゃ~いつまでもこのままでもいいんだけどな~」
口を開く人物の息に含まれたお酒の匂い――。