君がいるから


 お爺さんは言って私の傍から離れていき、白いシーツのベットで横になっている傷を負った人達の元へとゆっくり歩み寄っていく。腰をトントンと、一定のリズムで叩きながら。シェヌお爺さんの方が、あれからろくに寝てないよ――そう1人胸の中で呟く。
 腰の曲がった小柄な体、自身よりもはるかに体格がいい人達の手当をし、時に大柄な人の体をも懸命に持ち上げようとする姿に慌てて手を貸したこともあった。重症を負った人達はここに運ばれ、今も生死の境を彷徨う人も少なくない。だから気を抜くことも出来ず、シェヌお爺さんはただ1人朝も昼も夜も――この場で寝食を彼らと共にする。つらい、疲れた、そんな弱音を吐く所を一度も目にしたことはない。

「お~気がついたかのぅ」

「シェ……じぃ……さ?」

「そうじゃ。よかった、よかった。喉が渇いてるだろう? 今、用意するからのう」

 意識が戻った騎士の1人の顔を見て、柔らかくて優しい心から思う言葉通りの笑みを浮かべている。ジッとその姿を見つめていると、急に目頭が熱くなっていき、視界が微かに歪む。

「おや? あきな、どうかしたかのぅ? 気分が優れないかい?」

 シェヌお爺さんの声に我に返り、咄嗟に顔を伏せて慌てて応える。

「いえっ! 何でもないですっ。それじゃあ、あの、また来ますね」

「あぁ。気をつけて、行きなさい」

 扉へと振り返った背後から、お爺さんの優しい声音が聞こえ、小さく頷き返し足早にこの部屋を後にした――。





   * * *






 シェヌお爺さんの所から出てからしばらく――。瓦礫などが散り乱れた通路を進んだ後、壁に手を添え途端、膝から力が抜けしゃがみ込んだ。無意識に口から息が流れ出て、気が抜ける感覚に肩が下がる。あれから3日――。休む暇も無く、お城や街の人達は壊された家屋やお城の修復作業、負傷した人達の手当てや看病。それから……亡くなった人達のお墓を建てたり。皆、悲しみや痛みのある中、ろくに休まず動きっぱなしだ。
 何度か人気のない場所で、声を殺して泣いている騎士さん達の背中を見かけたことがあった。家族、仲間、恋人――大切な人を亡くした、言葉に出来ないくらいの心の痛み。
 それにあの日――誰もが予想することの出来ない事が、起こってしまっていたんだ。


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