君がいるから
どくどく――速度を増した脈を抑えるように、力いっぱい胸元を握りしめる。壁を隔てた向こう側で、もそもそと動く気配を感じて、アディルさんが今にも目を覚まして来てしまうと焦る。落ち着かせようとしても、穏やかにいられないこの状況で、顔を合わせることなんて出来るわけがない――。足早に部屋の外へと通じる扉に向かい、背後を気にすることなく部屋を出た。
(何――? リディナ、って誰……)
『リディナ、本当はずっと、ずっと……君とこうしたかった』
『ごめん。俺は……ずっと、君の、こ、と、を――』
(誰を思って、あの言葉をあなたは言ったんですか? 私と誰を重ね見たの――胸が、苦しい)
「あきな様……? どうかされましたか?」
はたっと顔を上げたら、騎士さんが目を丸くして私を見つめていた。きっと部屋を出て、扉に背を預けたまま俯いて胸元を握りしめていたから、驚いたんだろう。
「いえ……何でもありません」
無理に上げた口角が引き攣って、うまく騎士さんに笑えてるのか分からない。
「そうですか……。顔色が少し悪いようにも思えるのですが」
「本当に大丈夫ですから!」
突然、語尾を強めた私の物言いに驚いた騎士さんは、再び目を丸くした。はたっと気づいた私は、慌てて口元を掌で覆う。
「す、すみません。私」
「い、いえ。それより、副団長とゆっくりなさるかと思っていたんですが……よろしいんですか?」
「アディルさんは……その、疲れて眠っているので、長居してはいけないかと」
そうですか――そう言って騎士さんは微笑み、すぐさま。
「1つあきな様にご報告があります」
「……はい」
「老様がお目覚めになったそうですよ」
「――ほっ本当ですか!?」
「はい。今しがた他の騎士から伝達がありました。それで、王があきな様を老様の元へお呼びだそうです」
「……ジンが? 何だろう」
騎士さんは、時間が空いた時でいいから――そう記されていると、手元にある紙に視線を落として言う。
「どうなさいますか?」
そう問われ少し思考を巡らせた後、レイの部屋へ向かう前にジンの元へ行くことに決める。
「ご案内致します。それでは、参りましょうか」
「はい。お願いします」
先行く騎士さんの背を追い歩もうとした間際、閉ざされた扉をそっと伺い見る。胸の奥に残った見えない感情をそのままに、この場からそっと離れた――。