君がいるから


 俺の服をぎゅっと両の掌が掴み、輝きを見せていた表情はあっという間に曇り、俯かせてしまう。俺はシェリーの体を少し離し、膝を折って彼女の顔を覗き込む。

「ごめん。今度埋め合わせをするから。だから、今は」

「アディルはどうしていつも、あの女のことばかり言うの」

 俺の言葉はシェリーの言葉に遮られただけでなく、彼女の顔が上げられたと同時に、丸く大きな瞳いっぱいに溜まった涙を目にしたせい。ぽろりと大きな一粒が流れ出てのを、親指で拭ってやる。

「シェリーは、アディルがいればそれでいい」

「シェリー、君の傍にはいるのは俺だけじゃない。この城の皆もいる」

 シェリーは否定をするように、大きく頭を左右に振る。その反動か、次から次へと彼女の瞳から流れ出る滴。両頬に掌で包み、俺と同じ色の瞳と視線を交えた。

「アディルしかいないの、シェリーには……城の皆とか、そんな言葉いらない」

「シェリー、落ち着いて」

「アディルはシェリーの事を子供だとしか思ってないかもしれない――だけど、シェリーは違うの」

 シェリーの小さな手が俺の頬を包み込む。俺は彼女の目を逸らさずに涙に濡れる瞳を見続ける。

「シェリーは……シェリーは、アディルが好き。誰にも負けないくらいに好き。好き、好き、好きなの。シェリーの目はアディルとお揃い――そう言ってくれた。アディルがいてくれたから……シェリーは」

 最後の言葉は小さく震えているように聞こえ、言い終えたシェリーは唇を噛む。
 シェリーが言葉にする前から俺は分かっていた、彼女の気持ちに。けれど、それに応えることは――。

「ありがとう、シェリー。俺も好きだよ、シェリーのこと。だけど、それはきっと――」

 そう伝え終わる前に、シェリーはただ頭を先ほどより強く左右に振り、彼女の頬にある俺の手を涙で濡らす。

「アディルの言いたいことは分かる! だけど、違う、違うの……。それに、アディルの言う好きはシェリーとは違う。違うよ……」

「――ごめん。でもシェリーには聞いてほしいんだ。俺は」

「やだっ聞きたくない!! お願いだから、シェリーの傍にずっといて……誰にもアディルを取られたくない」

 シェリーは俺の首に腕を回し、首筋に顔を埋め小さく細い肩を震わせた。この子の想いを受け止めることもやれず、ただこうして撫でてやることしか、俺には……。
 
 あの頃も今も――変わらず人を傷つける天才だ。



   Ⅺ.封じた記憶 ―前― 完


< 427 / 442 >

この作品をシェア

pagetop