マザーリーフ
次の週末、愛菜を母に預けて潤と飲みにいくことなった。

母に子守を頼むと
「こんな時に飲みに行くの?」と言われてしまった。

「その人、米子に帰っちゃうのよ。」と桃子は嘘をついた。



週末の夜の街に繰り出すのは同窓会のとき以来だ。

夜になると暑さも和らぎ過ごしやすくなった。

桃子が待ち合わせ場所の、みどりの窓口の前に着くと、潤はまだ来ていなかった。

物凄い人波で桃子はめまいがしそうになった。

皆、こうやって週末の夜を楽しんでいるんだなあ、と思う。

結婚してから四年の間、専業主婦で夜の繁華街など縁がなかった。

開放感があった。

潤を待っている間、彼氏を待っている彼女の様な気分になり、桃子は可笑しくなった。

十五分程遅れて潤が人波から現れた。

「よお。悪いな、待たせて。」

仕事帰りのスーツ姿だった。
細身の紺のスーツがよく似合っていた。

「土曜日なのに、仕事だったの?」

「今日、急に本社で会議だったんだ。」
潤が快活に答えた。

桃子は今日、頑張っておしゃれしてきた。

昨日、ダイエーの専門店街のショップで可愛いい小花が散ったプリントのワンピースを見つけ買った。

洋服など買っている場合ではないが、これくらいは許されるだろう。

潤のスーツ姿を見て、このワンピースなら大丈夫と嬉しくなった。


桃子がどこでもいい、と言ったので、潤が店を選んだ。

ビールの品揃えが自慢のビアレストランだった。

店内はかなり混んでいて、しばらく待たされた。

二人掛けの席に案内され、向かい合わせに座った。

桃子はあまり酒が飲めないが、潤と同じハーフアンドハーフを頼んだ。

オーダーが済むと
「はい。これ。」
潤が自分のブリーフケースの中から、小さな箱を取り出した。

「米子土産。栃餅。ちょびっとだけど。」

「えっ、ありがとう。わざわざ買ってきてくれたんだ。」

桃子はその栃餅というものを食べたことがなかった。

潤が遠い場所で自分を思い出してくれ、お土産を選んでくれたことが嬉しかった。

「あ、あとこれ。会社の女の子に貰ったんだけど。」

潤が鞄から取り出したのは手のひらにちょうど収まるくらいの緑の葉っぱだった。

それは透明なビニールに包まれていた。

「なあにこれ。葉っぱ?」

「マザーリーフとか言ってたよ。トレーに水いれて、これ浮かべとくと葉っぱの淵から芽が出てくるんだって。」

「ふーん。」

「俺、一人暮らしだし、そんなの絶対枯らすからあげるよ。」

「ありがとう。やってみる。」

桃子は栃餅と葉っぱを自分のショルダーバッグに仕舞った。
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