マザーリーフ
店を出る前に化粧室に入った桃子は、鏡に写った自分の顔を見た。

久しぶりに飲んだビールで少し酔った桃子の頬は、ピンク色に染まっていた。

小柄で童顔の桃子は二十九歳という年齢よりずっと若く見えた。

隆だって好き勝手やっている。

もし、潤が自分を誘っているなら…

潤だったらいい、と桃子は思った。

ふと、桃子は、バッグのポケットに入れた携帯に、着信を知らせるランプが点滅していることに気がついた。

携帯を開いてみると、母からのメールだった。

[愛菜が吐いた。熱もある。機嫌悪くて大変だからメール見たら帰ってきて]

桃子は現実に引き戻された。
急いで帰らなくてはならない。


店の外で待っていた潤に、子供の具合が悪くて帰る、と告げると潤は呆然とした顔をした。

怒ったのかもしれない。

ごめんね…と桃子が言いかけた時、潤が言った。

「もしかして、気を悪くした?そんなつもりじゃないんだ。よく怒られるんだけど、違うよ。」

潤の必死な様子に、桃子は勘違いを恥じた。

「なんにも気にしないってば。ごめんね。こんなに急に帰るとか言い出して。」

「じゃあ…」
潤の右手が桃子の腕を柔らかく掴んだ。

「またメールするから、会ってくれる?」

「わかった。また会おうね。今日は有り難う。ごちそうさま。」

早口で言い、手を振ると桃子は駅の方向に急いだ。




愛菜の具合はそんなに悪くなかった。

実家で吐いたのも一度だけだった。

昨夜、自宅で吐き気止めの座薬を使ったらそれがうまく効いた。

朝になったら、平熱になり愛菜はすっかり元気を取り戻した。

「おばあちゃん、大騒ぎしちゃってねえ。」

桃子はテレビの前でお絵かきをしている愛菜に言った。

「本当だよねぇ。愛菜、大丈夫なのに。」
昨夜はあんなにグッタリしていたのに、愛菜は生意気にそんなことを言った。


郵便物が溜まっていた。

ゆうべポストから持ってきたまま、テーブルの上にに置きっぱなしだ。

ガスや電気の領収証やチラシに混じって、クレジットカードの請求書がきていた。

その封書を開けた桃子は目を疑った。


請求金額 267580円。

忘れていた。
隆がクレジットカードをもっていることを。

このうちのインターネット代、ガス代、電気代他五万円ほどは桃子の家で使ったものだが、残りは隆だ。

隆の給料の口座から引き落としされるが、これではほとんど残りがないではないか。

明細を見るとスーパーやホームセンターなどで使われていた。

生活費で使っているのだろう。

この調子で使われたらたまったものではない。

桃子は隆に電話しようと、携帯を取り上げた。
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