マザーリーフ
房総に行く日は、晩秋の薄い青色の空が広がり、旅行日和だった。


朝、旅行の支度をしていた桃子がふとテーブルに置いたマザーリーフをみると、芽が一つもなかった。

愛菜だ。

即座にそう思い、
「愛菜ーこの葉っぱさんの赤ちゃんたち、知らない?」
と愛菜にきくと、

「知ってるよ。邪魔だから愛菜がとってあげた。」
と得意げに答えた。


せっかく、芽が出てたのに…

桃子はがっくりした。

また芽が出てきそうなので、愛菜を叱らなかった。

それに今はそれどころじゃない。


潤は桃子の家の前まで愛車のキューブで迎えにきてくれた。

潤は愛菜を見ると相好を崩して言った。

「うわあ、可愛いいね。愛菜ちゃんかーやっぱ永瀬に似てるなあ。」

潤が指で愛菜の頬を優しく突つくと、愛菜はくすぐったそうな顔をした。

桃子は助手席に座りたかった。

愛菜のチャイルドシートが後部座席に取り付けられているので、しかたなく自分も後部座席に乗り込んだ。

高速を走り海ほたるを経由して、房総に向かった。

潤は前にその房総の保養所へ行ったことがあるらしい。

ミラー越しに潤が言った。

「あんまりきれいじゃないけど、料理とか結構いいよ。でもあんまり期待しないでね。」

桃子は気になっていたことを言ってみた。

「あの…宿泊料いくら?」

「そんなこと気にしないで。俺だってよくわかんない。給料から勝手に天引きされるんだから。」

潤は笑いながら言った。



海ほたるに寄り、房総の保養所〈魚藍荘〉に着いたのは、3時を少し過ぎた頃だった。

建物は三階建で少々古く、学校みたいな作りだった。


割り当てられた部屋は、きれいとは言えないまでも、二間続きの和室で広かった。

潤の言うとおり、期待していたらがっかりするかもしれないが、家族で利用するなら充分だ。


目の前には海と砂浜があった。

愛菜がいるものの、潤と一つの限られた空間にいることが不思議だった。

「海だーすごい。すごい。」

ベランダの窓の外を見て愛菜が嬉しそうに手を叩いた。

「散歩に行こうか。」

着いたばかりなのに、潤が立ち上がった。

愛菜もすぐに潤に慣れて、二人は手をつないだ。

潤が子供好きなのが、桃子には意外だった。

興味がないと思っていた。

他の客から見たら、潤と自分と愛菜は完璧に親子に見えるだろう。

本当にそうだったらいいのに…

人のいない海岸を三人で散歩した。

もうすぐ夕暮れの海は静かな波音を立てていて、桃子は久しぶりに平穏な気持ちになった。

愛菜と潤が波打ち際で遊んでいるのを見ていると、桃子の携帯電話が鳴った。

隆からだった。

桃子はすぐにバイブモードにして無視したが、何度も掛かってきた。

しばらくして収まると、今度は隆からメールが来た。

桃子が恐る恐る開いた。

[カード、停めるの一言言えよ。ムカつく]

嫌なものをまた見てしまった。
桃子はそのメールを消した。
< 18 / 22 >

この作品をシェア

pagetop