くだらない短編集
濡れた紫陽花



雨の中でした。テレビの砂嵐のような音が耳に五月蠅かったことを覚えています。白昼夢の中を歩いていました。傘を差した僕は、雨に濡れる彼女を見つけました。薄暗い場所に立ち尽くす様子はまるで亡霊のようでした。
白い肌、青紫色の唇、少し腫れた瞼。6月のハイドランジア。その場所はどこだったでしょうか。鮮明な憂鬱と美麗だけが脳裏を掠めます。
僕は傘を差していました。彼女の頬を、何条もの滴が伝います。傘は黄色でした。彼女の服は濃い青色でした。スニーカーの泥。湿気た空気。ぬかるんだ地面。帰一することのない感情。ああ、でも思い出せないのです、分からないのです。それは何処だったのか、彼女が何故立ち尽くしていたのか。泣いていたのか、微笑んでいたのか。そもそも彼女だったのか、彼女とは誰なのか、紫陽花と雨に消された幻想のような気がして。
よく分からないのです。雨の中でした。それだけが確かなことなのです。晴れていたのならば、きっと、僕は彼女を抱きしめていたのです。



■濡れた紫陽花、綺麗で悲しい


《歌を使って小説を書こう企画、椿屋》
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