くだらない短編集



走る、走る走る。風になる、だなんて使い古された言葉でさえ生き生きと胸中で輝いていた。
脚を大きく動かす。腕を振る。呼吸を極力しないのは、する暇さえ惜しいからだ。汗が流れる。世界が瞬く。声援も拍手も耳には届かない。翼でも生えているかのように身体が軽い。飛び立つ為の助走でもしているようだ。地面を蹴る。体が宙に浮いて、翼が風を受け止めて、青空が近くなる。太陽の光でさえ、霞む程美しい。

──とん、と足を付いた。体が重力を感じて重くなる。息を肺に押し込める。ど、っと歓声が地面を揺らした。心臓音が五月蝿い。血が全身に巡って、快感が背筋を駆け抜ける。タイムは10.23。喜びが、朦朧とする脳内に顕現する。今なら空も掴めただろうと、錯覚さえしてしまうほどに。


■爽



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