大地主と大魔女の娘

 それはシュディマライ・ヤ・エルマの望みなのか?


 そうかもしれない。

 だが、それだけではない。

 済まされない。


 それは俺の願望にほかならない。

 俺の。

 ザカリア・レオナル・ロウニアの、偽らざる本音だ。


『どうかしたの? シュディマライ・ヤ・エ……。』


 ゆっくりと、しかし大きく首を横に降ってみせる。

 俺を疾風まとう獣と呼ぼうとした唇を封じるために、親指を当てて制した。


『レオナルだ、カルヴィナ』

『地主様?』

『レオナル。呼んで、呼び戻してくれ。俺を、ザカリア・レオナル・ロウニアを』


 見下ろしたまま告げると、カルヴィナはおずおずと頷いてくれた。

 押し倒した身体を抱き起こし、膝に乗せる。

 とたんに伝わってくる柔らかさに、再び押し戻してしまいそうになるのを堪えた。

 恥ずかしいのだろう。

 居心地悪そうに、俯き加減で身をよじるカルヴィナの背に手を当てる。

 支えるようにし、向き合わせるために項も支えた。



『カルヴィナ。俺を呼び戻してくれ』


 赤く染まった耳元に、懇願を囁き込む。

 同時に柔らかく抱き込み、僅かに震える身体をさすった。

 小さく頷いたのが伝わってくる。

 いくらか力をほどき、カルヴィナを見逃すまいとのぞき込んだ。


『レ、レオナル様』

 かすれる声がそっと名を呼んでくれた。

 だが、まだ足りない。

 まだ、獣から戻れない。

 促すように首を横に振って見せた。


『まだ、だ。まだ戻れない。カルヴィナ』


『レオナル様』


『様はいらない。カルヴィナ、俺に与えられた名をすべて呼んでくれるか?』

 こくんと小さく頷くカルヴィナを抱き寄せ、額同士を合わせる。

 仮面越しにもカルヴィナの熱が伝わってくるようだった。

 その時を聞き逃すまいと瞳を閉じる。

 祈りの言葉を待つのは仮面に支配された男か、獣か。


 ――自分の中では答えが出ている。


『ザカリア・レオナル・ロウニア』


『ああ、そうだ。カルヴィナ』


 呼び声に答える。


 それが答えだ。


 
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