大地主と大魔女の娘


 幾度も泣かせた。幾度も痛めつけた。

 その度に自分自身の胸も、同じように痛むようになって行った。

 それは日増しに度合いを強めてゆく。

 初めて怯えさせたあの日。

 正直、なんであれ女が泣くのは気分が悪い。その程度しか思わなかった。


 だが今は違う。

 それでいて、まるで待ちわびていたかのようにも思う。

 俺を想って涙を流してくれる姿が、愛おしくて仕方なかった。

 恋焦がれる者の雫に、唇を寄せる。

 こぼれ落ちる涙を受け止めるために。


 まぶたに、頬に、鼻筋にと伝う涙を追いかけた。


『ためしてなんて、いません』

『おまえは。男に抱いてくれと言う意味を、ちゃんと解っているのか?』

『う……。レ、レオナルさまのものにして下さいって意味です』

『具体的には?』

『ぐたいてき?』


 緊張のあまりか、こころなしか舌足らずな口調に尋ね返された。

 思わず、ため息を付いてしまう。


『おおかたスレン辺りにでも、そそのかされた口だな。そうだろう?』


『そんなこと、ありません。私の、望みです』


 抱いてくれと言いながら、その実どうされるのかを知らない娘に苦笑した。

 それでもいい。充分、伝わってくるものがある。

 拙いながらも精一杯の、幼い誘惑に胸が張り裂けそうになった。


 ここ最近、訪れてもろくに口をきいてくれなかった娘が、想いを告げてくれている。


『これは夢か? 夢なのだな』


 思わず漏らした呟きに、ひゅっとカルヴィナの息がつまる。

 俺の唇を指先で押し止めると、吐息と共に囁いた。


『そう、これは夢ですわ。一夜の夢。夜露は朝日と共に消えるのが定(さだ)め』


『……夢?』



『ええ、夢です。今までの事は何もかもが夢の中の出来事です』



『何もかも、だと?』



『ええ、すべては夢』



『夢……。』


 そのまま二人、寝台に横になった。

 カルヴィナの唇が、目蓋に押し当てられる。

 あたたかな吐息を肌に感じた。


 そのまま、抗いがたいまどろみに、引きずられるように身を任せた。


 最後の力を振り絞って、カルヴィナを抱き寄せる。


 再び、目蓋にぬくもりを感じた。


 おやすみなさい、そう囁く声を聞いた気がした。


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