大地主と大魔女の娘

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 とてもとても幸せだったあの頃。


 おばあちゃんと二人きりの森の中。


 静かだった。

 私の心が波うつ事なんてなかった。

 そんな事思いもよらなかった。


 毎日が穏やかで、でも大切で。


 そうやって、ずっとずっと、この先も過ごしていけるのだと思っていた。


 疑いもなく信じてやまなかった。


 ある日、あの人の波に攫われるまでは。


 寂しい。

 寂しい、寂しい、寂しい。

 堰を切って溢れ出した想いの、行き着く先はどこだろう。


 会いたい。

 ただ、その一言に尽きた。


 あの人に会いたい。

 でも、もう会うことはない。

 私を夜露(カルヴィナ)と呼ぶ人は、もういない。


 夜露は朝日に消えたのだから。


 カルヴィナという娘はもう、どこにもいない。


 在ったのだとしたらそれは、ひと時の夢の中だけ。


 彼にかけた暗示を自分自身にも繰り返す。



 同じように神殿という聖域の静寂に守られながら、私の心は変わらず波に攫われたまま。



 ここはどこだろう。

 涙だけが溢れ続ける。

 本当は何かが違うと叫び出したかった。

 でも嗚咽は咽喉に張り付いてしまって出てこない。

 出口を求めてさ迷う想いを飲み込んで、それがまた出口を求めて暴れだす。

 視線をさ迷わせてみても、何も瞳に映らないのはどうした事だろう。

 いいや、映ってはいる。


 いつもは心地良く感じるはずの、光受けた木々の緑や、空。

 自身の細くか細い指先も、黒い毛先までしっかりと視界に映りこんでいるはずだ。

 それなのに。

 何も映しやしないと想うのは、どうしてだろう。


 説明がつかない。

 今、ここにあるはずのない影を探して、視線が揺らぐ。

 揺らぐうち、再びかすんでぼやけ始めた。


 それこそ、説明が付かない。


 ――これが私の望んだことなのだ。


 自分の落とした涙が、冷たい石床に溜まってゆくのをただ、見つめていた。


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 不意に扉が開け放たれた。

 スレン様が戻ったのだろうかと、振り返ったが違った。

 黒尽くめの格好は一緒だが、知らない男の人だった。


 乱暴な靴音がどんどん近づいてくる。


「そこで何をしている?」


 声は鋭く、叱責されているのだと知る。


『あ……。』


 だが怖くて言葉にならなかった。


 足音が近づくにつれ、響く声も大きくなる。


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