大地主と大魔女の娘


 やがて、ひときわ優美な装飾の扉に突き当たった。

 たくさんの蔦と無数の小さな蛇の模様が、扉の左右対照に浮かび上がるように彫られている。

 そこには取手は見当たらなかった。


 スレン様が一歩進むと、またひとりでに扉が開いた。


 そこは天井からいっぱいに陽の光が差し込んでいて、あまりの眩しさに瞳を閉じた。

 そっと下ろされたが、支えられていても立っていることが出来なかった。


『ほらフルル。ここなら誰も君に干渉しない。君が君のままでいられるよ』

 力なく頷いて、その場にへたり込んだ。


『気に入った?』

 こくりと頷く。そのまま、うなだれて、自分がへたりこむ冷たい床を見つめた。

 白く不可思議な文様の浮かび上がるそこは、確かに清らかで淀みがない。

 その分、硬質で何をも寄せ付けない気高さがあった。

 そう。そこには悲しみも嫉妬も苛立ちもない。そして嬉しさも羨望も愛しさもだ。

 私を煩わせるものなど、何も無い。

 あるのは静寂だけだ。


『しばらくここで待っていて』


 そう声を掛けられたのと、扉の閉まる音も同時だった。

 背中でそれを感じ取りながら、振り返ることなく頷く。


 頷いたまま、そのまま二度と頭が上げられない気さえした。

 それでも、清々しい空気に励まされ、光に導かれるように目線を上げる事が出来た。


 この白亜の間で、佇むのは私と、女神像だけだ。

 静けさに身を浸しながら、自分に問いかけずにはいられなかった。


『これが私の望んだことだったの?』


 誰にも干渉しないし、誰からも干渉されない。


『そう。望んだはず』

 でも、違った――。

 そう感じる心をなだめようもなく。

 封じることも出来ずに。

 冷たい床に突っ伏して泣いた。


 誰の感情にも晒される事のない、恵まれた環境だ。

 そんな中にあってさえ、身体を支配するのは痛みだというのは、どういう事だろう?


 ――レオナル様。


 胸を抑えながら、声を押し殺して泣いた。


 女神像が見ている。


 この国に乙女として舞い降りたという、私達の始祖でもあるという女神様。


 慈悲深く微笑む彼女に見下ろされながら、もう一度自分に問いかけた。


『これが私の望んだことだったの?』


 
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