大地主と大魔女の娘


 そのまま神殿に張り巡らされた壁を一息に駆け上る。

 一角の君は高みで止まると、振り返った。

『エイメ』

 名を呼ばれ、そろそろと閉じた瞳を明ける。

 飛び込んできたのは、キーラやフィオナ、それとちびちゃん達だった。

 危ない!


 追ってきた、枯れ枝のように伸びる闇。

 立ち塞がった姿に、震える。

『引け! 我の乙女らに手出しはさせない!』


 素早く飛び出してきたのは、デュリナーダだった。

 低く身構え唸る。

 その獣に抱きついて「だいじょうぶよ」と優しく撫でるのは、ロゼリット様だ。


 闇をも恐れず小さな手を差し伸べると、影が引いた。

 小さな手に触れる手前で止まる。

 それを見届けると、ロゼリット様は皆に呼びかけた。


「だいじょうぶよ。ねえ、みんな。手をつないで!」


「うん! つなごう!」


「早く、早く! ここから先は行かせないんだから!」


「キーラお姉さんも、フィオナお姉さんも早く」


「よし! つなごうっ!」


「皆、つないだね?」


「ミリアンヌ、用意はいい?」


「うん!!」


「せーのっ!!」


 掛け声と共に巫女達はいっせいに唱え始めた。


『どうか お鎮まり 下さい。

 あなたは 朽ちかけてなどいない。

 かつて ここが 深き森であった あの日のように。

 全てのものが あなたの 側で憩う。

 目もくらむような 時を経ても それは同じ。』


 呪文というよりもそれはまるで歌うようだった。

 無垢で純粋な祈り。

 そんな歌声は闇の夜空に吸い込まれて行った。


 追いかけてきていた影も、襲いかかる気を無くしているように見える。

 向けられた想いに戸惑っているようにも思えた。


『みんな……!』


 色んな想いが溢れてきて、涙が止まらなかった。


「よし、うまくいった! 今のうちに逃げなさい、エイメ――!!」


 そう嬉しそうに声を張り上げたのはキーラだった。


「エイメ様!」

「巫女姫さま――――!!」


「頑張って!!」

「幸せにね!!」

「巫女姫さま、大好き―――!!」


 皆、口々に叫びながら手を振ってくれている。


『みんな!!』

 手を振り返すことはかなわない分、精一杯頷いて笑ってみせた。


 それを見届けた一瞬のち、一角の君は壁から飛び降りた。


 胸にあたたかなものがこみ上げる。それを抱きしめるように自分の胸に手を置いた。

 更に後ろから、レオナル様からも包み込むように抱きしめられた。


『このまま駆け抜けるぞ! しっかり掴まっていろ!』


 一角の君はいななくと、再び走り出した。


 森を目指して。




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