蓮は何も訊かなかった。


ただ″ぽんぽん″と和の頭を撫でて、

和が泣き止むまで、側に居てくれた。






「授業 出られる?


大丈夫?」




お昼休みが終わる頃、

ようやく落ち着きを取り戻した和を教室に送りながら、蓮が言った。






「帰り、迎えに行くよ。


…一緒に帰ろ。


それとも、俺じゃ嫌かな?


藤崎ちゃん呼ぶ?」




このまま教室に帰って貴史の顔を見るのも嫌だったが、

今は凛の名前も、聞きたくは なかった。


″藤崎ちゃんの方が良ければ、迎えに行って貰うように云っとくよ″と言う蓮に、

和は反射的に″先輩がいい″と、答えていた。






「ほんと?


…よかった♪


んじゃ、また後でね!」




嬉しそうに笑う蓮を見て、

和は少し、気持ちが和らぐのを感じた。


蓮が去って行くのを見送って、

できるだけ その ほんわか した気持ちが続いているうちに、と

勢いで教室のドアを、開ける。


貴史を見たくなかったから、教室を見渡さずに席に着き、

そして そのまま授業が始まるのを、待った。






「…ねぇ、貴史くん戻って来ないんだけどぉー」




その時、ふいに不機嫌そうな女の子の声が耳に飛び込んで来て、

和は見まいと決めていた貴史の席の方を、見た。


それから教室も、ぐるりと見渡してみた。


…そして見なければ よかった、と思った。


女の子の言葉通り、貴史は居なかった。





< 31 / 178 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop