屋上から下って、渡り廊下を進み、

また階段を上がって、

辿り着いた先は、

この時間は どこのクラスも使っていない、音楽室だった。






「……………」




「……来て」




黙りこくって居る和を、貴史が促す。


手を引かれた訳でも ないのに、

その瞳に捕らえられたまま、

和は ふらふら と 貴史に付いて歩いていた。


貴史は和をピアノの椅子の前まで連れて来ると、

そこに和を立たせたまま、自分は椅子に座った。


その至近距離に、

思わず頭がクラクラした。


普通は弾く方が緊張する筈なのだが、

明らかに自分の方が緊張している、と和は思った。


貴史の綺麗な横顔が近くに在り過ぎて、

心臓が飛び出しそう だった。


そんな中、貴史が弾き始めた曲は、

和の緊張とは裏腹に、

静かな、心が洗われるような音色で、

和は思わず緊張していた にも拘わらず、

その音色に聴き入っていた。


癒されるような、物悲しいような、

涙が自然と流れて来るような その曲は、

なぜか和の、貴史に対するイメージそのもの だった。





< 53 / 178 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop