母子受難


兄が全寮制の高校に入ってから、手持ちぶさたになった母は、今度は男を作った。
恐ろしくつまらない男だった。
いつもお酒と煙草の臭いがした。
髪の毛は縮れていて、肌の色が妙に黒かった。
やたらに声が大きくて、脅すように私の名前を呼んだ。

「おい、ヤスコ、ちょっとはおっぱい、おっきくなったか?」

それから、ガハハハハ、と下品な笑い方をした。
その笑い声を聞くたびに私は、死ねばいいのに、と思った。

そんな下らない男に媚びた声を出す母も、兄の周りを飛び回りながら甘い声を出す母も、
「母さんはね、けれど、父さんのこと、忘れたことないのよ」
と、わざとらしく悲しむ母も、私は嫌で嫌で仕方がなかった。

母の姿態の大体が、自分可愛さのための安っぽい演技なのだ。
それが私の目にはあまりに陳腐に見えて、滑稽でみすぼらしくて、たまらなかった。

母は何よりも貧乏と不幸を憎んでいたけれども、私は貧乏よりも不幸よりも何よりも、母の無自覚を憎んだ。


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