母子受難


私は、そんな母から逃げる様に東京へ出てからは、本当にがむしゃらに働いた。
デザイン会社の事務の下働きから始め、通信教育で様々な資格を取り、学歴社会や男社会の中で戦って来た。

母の様にはなりたくなかった。
男に媚を売ることしか能のない、低能な女にはなりたくなかった。

『あんな風になってしまっては、駄目だ』

そう言うキリリとした顔付きの、私の記憶の中の兄はいつも正しい。


そうして、兄から突然に電話があり、結婚を考えている女性がいるので、母を病院へ入れてしまうつもりだという話を聞かされた時も、私は当然の事の様に頷いた。
母が兄の事を頼りにして、何もせずに耄碌している事は見なくても明らかな事実であったから、私は寧ろ、あの母の愛情を一身に受けているであろう兄に同情した。

聞けば、母はとうとうノイローゼ気味になり、兄の事を昼夜つけ回していると言う。
頼みもしないのに兄の会社へと顔を出し、下手な接待をして社員に迷惑をかけ、仕事にも支障が出る程であるらしい。
兄が叱りつければ、オイオイと声を上げて泣く始末であったと言う。


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