いつかの君と握手
なんてことだ。日本人の心だよ、時代劇は。
それを体現する父親をおもしろくないとは、子どもとはいえ残念至極。


「まあでも、イノリもいつかわかるようになるさ。
あ、でも、加賀父って金吾役以外、見かけなかったような気がするんですけど」


訊いたのは、柚葉さんにだ。
あたしは時代劇はほとんどチェックしているのだが、加賀父を他の作品で見た覚えはないのだ。
まあ、それ以外のオサレドラマだったらわかんないんだけど。

金吾様をあそこまで素晴らしく演じた加賀父である。
時代劇製作側からオファーがきても、おかしくないのではないだろうか。


「風間さんは裏方のほうが好きみたいだったぜ。元々は監督になりたかったらしい。
金吾役も、現場の勉強になるからってテレビ局の知り合いから言われて出たって話だしな」


絶賛安全運転中の三津が答えてくれた。


「あー、なるほど。でももったいないなー」


背も高かったし、お顔立ちも素敵だったし、いい俳優さんになれたんじゃなかろうか。
まあ、俳優よりも興味があるものがあるというのなら、仕方ないことではあるが。


「あー、ヤダ。コレおいしーい」

「どれですか? ああ、それでしょー」


柚葉さんが食べているのは、9年後の新商品だ。
イノリにもあげた、あたしお気に入りのやつ。
今日はけっこう暑かったが、さほど溶けてなかった。
よかった、溶かしてしまったら味が格段に落ちちゃうもんね!

ちなみにあたしは、9年後には販売中止になっている幻の(この時代では普通に売られているのだが)チョコレートをもしゃもしゃ食べている。

おいしい! やっぱこれおいしいよ!
このままが一番おいしかったのに、リニューアルしたら個性のない、無難な味に変わってしまい、挙句人気が落ちて販売中止。
ああ、時代の介入を厭わなくていいのなら、企業本社に乗り込み、チョコ担当に悪改変の成れの果てを語って聞かせてやりたいくらいだ。


「柚葉お姉ちゃんの食べてるお菓子、さっきのコンビニにもなかったね。ミャオ、どこで買ったの?」

「え? ああ、まあ、秘密?」


へへ、と笑うとイノリはぷうと頬を膨らませた。


「教えてくれてもいいのにー」

「いつか、ね」


9年後には食べられるよ、きっと。
なんて言えるはずもなく、曖昧に答える。


「ねえ、祈くんって美弥緒ちゃんのこと、今なんて呼んだ?」


助手席にいる柚葉さんが振り返って訊いた。

そうそう、重要なことがもう一つ。
姐さんは現在お顔に化粧を施しておられるのだが、それがまたすんげえ綺麗なのだ。
姐さん曰く、化粧映えする顔なのだそうだ。

すっぴんでも愛嬌のあるかわいいお顔立ちだったのだが、ちょちょいとメイクするだけで、あらまあちょっと近寄れない雰囲気の美人さまじゃありませんか。
美しいもの好きとしては、たまりません! 興奮する!

訊けば、姐さんのお仕事は美容師。
メイクの勉強などもしており、結婚式場で花嫁さんをトータルセットすることも多々あるのだとか。


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