平成のシンデレラ

「月にも色々な名前があるのをご存知です?」


そう楽しそうに話し出した彼女にしばらく付き合うことにした。
女のお喋りは本当は煩くて苦手なのに、どうしてだろうな。
静かな月の夜をひとりで過すには少し寂しかったのか
それとも・・・


「あのぉ」
「ん?」
「失礼ですが、ここには ずっとお一人で?」
「気になるか?」
「それなりに」
「普段、人に囲まれてるからな。休みくらい一人で静かに過したい」
「そう・・・ですか」


祖母が亡くなった時、形見にと貰い受けたこの屋敷には
夏や冬の長い休みを祖母と過した幼い頃の思い出がつまっている大切な場所。
心許せる人間以外には踏み込んでもらいたくない俺の聖域だ。



「だから、邪魔するなよ?」
「しません」
「バタバタ騒ぐなよ?」
「騒ぎません!」


子供じゃないんですから、と拗ねた横顔が
子供みたいに可笑しくて、悪戯にもっとからかってみたくなる。


「ああ、それと一つ言っておく」
「はい、何でしょう?」
「夜這いするなら、前もって言えよ?」
「なっ!!」
「俺にもいろいろ都合があるからな」
「そんな事、しっ しません!!」
「なんだ、しないのか?」
「するわけないでしょう?!絶対にしません!」
「あまり我慢するのは身体に悪いぞ?」
「たった三週間くらい、我慢のうちに入りません」
「そうか?俺なら一週間でも耐え難いな」


ひっ、と息を飲む音が聞こえそうなほど表情を引きつらせた香子の怯えた視線が俺を捕らえた。


「もしかして・・・」
「ん?」
「そういうお相手も仕事のうちだったんでしょうか?」
「は?」


思ってもみなかった事を真顔で聞かれて思わず噴出した。


「あ、あの・・・」


ったく、面白い女だな。
今時雇った家政婦相手にそんな事を考えるヤツは
そういう嗜好のあるマニアックなヤツ以外はいないだろう。
ヤりたきゃ手頃な金で好みの相手といくらでもヤれるご時世だ。
合法とは言い難いが、事実上ビジネスとして成り立っているし
そうでなくても今はその為の出会いの方法がいくらでもある。
そんな事くらい知っているだろうが。
大体、自慢じゃないが俺は女に不自由したことはない。
割り切った関係であっても「南波」の名に群がってくる女は、吐いて捨てるほどいる。


「へぇ、君のところはそういう事も請け負ってくれるワケか?」
「そんなことは断じて請け負いません!!」
「ん・・・ しかし言われてみればそれもアリ、か」
「いえ、ナイです!絶対あり得ませんから!勝手に納得しないで下さい!」
「言い出したのはそっちだぞ?」
「疑っただけです!」


香子の本気で焦る姿が可笑しい。イイ年してんだから適当に受け流せばいいものを。まあいい。暇潰しにしばらくからかって愉しむとしようか。


「そうだな。そっちがその気なら・・・
コトにおよんだ日は日当にプラス2万ってのはどうだ?」
「なっ・・・!ダメです!絶対にダメ!」
「2万じゃダメか?じゃそっちの言い値でいいぞ」
「そういう事じゃありません!」


だから、適当にあしらえって言ってるだろうが。
本当に退屈しない女だな。
でも、お遊びはここまでだ。
そろそろ仕上げにかかろうか。


「何だ、今更もったいぶるつもりか?」
「もったいぶる?」
「違うのか?」
「あの、どういう意味ですか?」
「あの時 誘ってきたのはそっちだぞ?」
「へ?」
「部屋へ入るなり押し倒して襲ったくせに、忘れたのか?」
「・・・ウソ」


唖然として呟いた香子を視線に捕らえたまま、俺は彼女との距離を詰めた。


「嘘じゃない」
「出まかせ言って、からかっているんでしょう?」
「ほぅ、なら証拠を見せてやろうか?」
「は?証拠?!・・・証拠ってなに??」



あれを見せたらどんな顔をするだろうかと思うと可笑しくて
幼い頃、悪戯を仕かけた時のような高揚感に俺は口元が弛んでしまうのをこらえ切れなかった。


「来いよ」



青ざめたなんとも複雑な表情の香子の手首を掴んで俺は歩き出した。

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