平成のシンデレラ
それからの数時間。


時折、悪戯に私の膝へと伸ばされる優登の右手を適当にあしらいながら
ちょっとしたドライブ気分を満喫するのもそろそろ終わりに近づいた頃。
家に送ってもらえるのかと思いきや、彼は突然「契約を延長する」と言い出して
そのまま都心にある彼専用だというマンションに連れて来られてしまった。
引き摺るようにして車から下ろされて、連れて行かれた彼の部屋で
「新しい契約書だ」と渡されたのは、彼の署名と捺印の入った婚姻届だった。


驚いて声も出せない私にペンを差し出して彼が言う。


「あとはお前がサインするだけだ」


見れば保証人の欄には母親の署名がある。本人の筆跡に間違い無い。


「いつの間に?!」
「さあな」


そういえば、5日ほど前に一度急な仕事だと言って
朝早くから出かけた日があったっけ。そうか、あの時か!


「母は・・・なんと?」
「あれで良ければどうぞお好きに、だとよ」
「ひっどい」
「そう言うなよ」


いいお袋さんじゃないか、と楽しそうに笑う優登にふと浮かんだ疑問が口を突いて出た。


「ねえ、貴方のご両親はどうなの?」


何と言ってもあの南波の御曹司。
こういうところのお坊ちゃまは何不自由なくいるようで、実はそうではないのだ。
結婚となれば尚のこと。好いた惚れただけでは決められないはずだ。


「問題ない」
「そんなはず無いわ!きっと しかるべきお家のお嬢さんをと思っておられるはずよ」


結婚は家と家との結びつきでもある。
これだけの家柄であれば当然そこに様々な思惑が絡んでくるはず。
それに優登と私とでは生活のレベルと価値観が違い過ぎる。
おまけに私は5歳も年上だ。恋愛をするのは別としても
結婚となるとやはり尻込みしてしまう。


「心配するな。既成事実を作ってしまえばいい」
「既成事実?」
「親父もそうだったからな」
「ウソ!?」
「嘘じゃない」


観念しろ、と不敵に楽しそうに笑った優登が私をひょいと抱き上げて
向かった先は彼の寝室。




「ちょっと待って~!」
「嫌だ。待てない」



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