隣人M

真実を、君に(2)

「俺の……?」


「言っただろう。お前は心の中の住人だと。『克己』は心を病んでいると。お前がいるせいだ。あいつの記憶は、極度のショックとひどい体験で分裂しかかっているんだ。現実にはあり得ない記憶を創り出して……そこに逃げて……あんなに強かった克己なのに……。神楽夏彦も、水町夕夏も、想像の産物。勝手な人間像を創り出して……。だから、ここの世界を全て消さなければ、克己は元には戻らないんだ!」


女は吐き捨てるように言った。克己は問いかける。


「なんだ……極度のショックとひどい体験って?」


「戦争だ」


女はぽつりと言った。拍子抜けするくらいに感情が全くこもらない、声。


「そんな話はどうでもいい。無意味だ」


「なんだよ、あんたたち。さっきから無意味無意味って……まるで自分たちが完璧な人間みたいじゃないか」


今度は克己が吐き捨てるように言う番だった。女は何も言わずに背中を向けた。克己はその後ろ姿に向かって、堰を切ったようにまくし立てる。


「人を殺しておいて正当化するなよ!俺が心の中の住人だって?夕夏が、夏彦が、想像の産物だって?ふざけたことを言うなよ!そんな話、誰が信じるかよ!そして無意味無意味って言ってばかりだ……それで完璧さを気取ってるのか?いい加減にしろ!あんたなんか、完璧じゃない。できそこないだ!」


……ドン!


耳をつんざくような音と、硝煙に似た独特のにおい。女が持つ銃から、弾が飛び出して克己のほおをかすめていった。


白煙が薄れていく向こうに、少しずつ現れる女の顔は、能面のようだった。瞬き一つしない、大きな瞳が克己の心を射通した。素晴らしい技術だった。怪我をさせない、相手を黙らせるための、射撃。


「さっきから言わせておけば。それをもう一度言ってみろ。その時こそ殺す。……私は完璧だ。できそこないだと?違う!」


女は舌打ちした。


「手術は失敗だったが……あいつのせいだ。椎名のせいなんだ!」


「椎名さんが……?」


「うるさい。黙れ。もういい。私はお前を消さねばならないんだ。『克己』を取り戻すために。不完全なお前などいらない!」


女はまたも背を向けてどこかへ去りかけた。克己は、ずっと知りたかったことを問いかけた。


「待ってくれ。あんたはいったい……?」


「私は、水町夕夏。……少し喋りすぎたようだ」


女は振り向きもせずにそれだけ言い残すと、どこかへ足早に去っていった。
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