隣人M
いきなり響いた銃声と同時に、耳元で聞こえた克己の低いうめき声。凝視できなかった、克己の腹の傷。じわりとにじむ赤黒い血と、目からこぼれる涙。ばらばらと俺たちの周りに集まってきた敵部隊の兵士たち。


足がすくんで動けなかった。いつもなら、そんなことはなかったのに。反対に、克己はいつもためらっていた……撃つことを。


俺は覚悟して、皮肉な笑みを蒼白な顔面に浮かべた。目の前で構えられた銃。当時の最新式で、殺傷能力が最も高い、killer 30 α型だった。立場上、そんなものに自然と詳しくなっている自分が恨めしかったな。


あの時ほど、死を身近に感じ、しかし死に対する恐怖が希薄だった瞬間は後にも先にもない。一瞬、夕夏の顔が脳裏にちらついた。初めて知った甘い想いを胸に抱き、親友が側にいてくれて、本望だった。俺はゆっくり目を閉じて、最期を待った。


その時、俺の痩せ細った体は横に思い切り吹っ飛ばされた。そして何かが上にかぶさった。


「克己!」


俺はくぐもった声で叫んだ。あの小さな克己が、俺の体をかばうように上にかぶさってきたのだ。細い手を俺の下に回し、足をぴんと伸ばして、少しでも俺の体が見えないように……。


俺の耳に、敵の話し声が聞こえてきた。どうやら、俺たちの味方の姿が見えたらしい。唾を吐きかけて、奴らは姿を消した。


「克己!バカ野郎!お前って奴は大バカ野郎だ!お前の傷がえぐれてしまうだろうが!」


「ふふ、そうかもな。夏彦……夢、諦めるなよ。でも、完璧な人間なんて、お前にはあんまりそうなってほしくないかな」


「何を……」


俺には、克己の言葉の意味が理解できなかった。克己は、つぶやいた。


「あったかいな……お前。あったかいよ、あったかい……」


……温かいわけがない。俺の軍服は氷のように冷たく、雪はますますひどく吹雪いていたのに。温かいのは克己の方だった。あいつの血のぬくもりが、じっとりと防寒具の下からも感じ取れた。そのまま意識は薄れ、気づいた時には克己は、到着した味方の衛生部隊によって、野戦病院に運ばれた、と聞かされた。俺は、味方の部隊と共に、基地で正式な終戦の日を迎えた。


心療外科医になるためのスクールに通っている間も、こうして心療外科医になってからも、俺は度々克己の行方を調べ、ついに見つけ出した。


克己はひどい状態だった。一命はとりとめていたが、精神はほとんど「死んで」いた。所謂、「廃人」同様だった……。俺は、初めて対面した時、担当の心療医が説明してくれるのも聞こえず、うつむいてこぼれる涙をぬぐった。そして、すぐに克己を引き取った。


克己の世話をしながら、診察と手術を繰り返す日々。他者の世話をする、「完璧」な人間……同業者には笑われた。


俺は、心療手術を受けた際にも、戦争の記憶だけは他人に触れさせなかった。おかしな奴だと執刀医師に笑われようとも、先々その記憶が邪魔になって苦しむだけだと脅されても、決して。戦争の記憶は、克己と夕夏に出会った記憶でもあったんだ……。それは、消したくなかった。大切だったんだ。苦しい思い出と、幸せな過去、それは諸刃の剣だった。


だから俺も、「完璧」ではなくて、「不完全」な人間なのだろう。何人もの人間の心を手術しながらそう思い、皮肉な笑みを浮かべた。


しかし、さすがに夕夏の手術はとまどった。いきなりオフィスを訪れた夕夏を見て、俺は石のように固まった。こう言われたからだ。


「私、心療外科技師になったわ。お願い、私にも心療手術を……」
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