隣人M

別れ~真の支えに

少したどたどしい手つきで、記憶をさぐるようにスイッチを押す彼女に、克己が言う。

「ちょっと待って。椎名さんを連れてこなきゃ」

「これは一人だけしか外界に転送できないわ。だから、今からあなただけ転送するわ」

「そんな、俺は嫌だ!!3人で一緒に帰ろう!!」

「忘れたの、私たちは敵なのよ。あなたを消しに来たのよ」

「関係ない!!」

夕夏は軽くため息をついて、思い切ったようにスイッチに触れた。とたんに赤く光り出し、機械的だがかすかに柔らかみを感じる声が響いた。

「こちら外界。ご用件を」

「今から転送開始。ただし、緊急マニュアル第3項実行。転送実行対象は、モニターに映っている人物一人」

「了解。只今から緊急マニュアル第3項実行。読み取りに入ります。予定実行時間、只今から約1分35秒後。交信切ります」

克己がものを言う前に、夕夏は真剣なまなざしで、彼を包む転送用シールドを張り終えた。とても薄く見えるのに、手を触れるととても外には出られそうにない。

「どうしてだよ!!おい、出して、夕夏さん、頼む、夕夏さん……」

シールド膜に顔をくっつけ、涙目で抗議する克己の頬を、夕夏は泣いているのが悟られないように、うつむき加減で両手で挟み込む。

「本当の意味で、あなたの支えになるわ。いつでも一緒にいられるもの。3人、いつも一緒なのよ。このリングが、きっと私たちの絆になってくれるから。……ねえ、そんなに悲しまないで。8年前のように、私を優しく慰めて。もっと、大人になるのよ」

唇が、重ねられた。硬度のある膜を通しても、お互いのぬくもりは十分に感じとることができた。二人の涙が、同時に落ちて、小さく音を立てて流れていった。

「嫌だ……。こんなの、ないよ……」

克己が声を絞り出す。夕夏は、精一杯の笑みを浮かべた。

「空白の8年を、まずは精一杯生きて。私たちが、あなたの分まで生きたのよ。これはチャンスなの。後は、あなたの意思で……」

「また、約束をしないか」

「え?」

「8年前のように。また、8年後に、こうして会おうよ、3人で。大丈夫、こうやって会えたじゃないか。いろんな障壁を乗り越えて」

最初は驚いていた夕夏も、克己が熱心に語り終えるころには、さびしく笑っていた。

「そうね、それじゃ、8年後の今……」

「シャンパニオン公園で、だろ?」

その時、コンピューターの音声が割って入った。

「読み取り完了。只今から、転送します」

二人はじっと見つめあった。克己の姿が、憎いほどゆっくりと消えていく。彼が、口を必死で動かしている。夕夏は寄り添って、じっと耳を澄ませた。

「それじゃあ、また今度……」

夕夏は、こめかみをおさえて、嗚咽をもらした。

「また、ね。……未来を、ありがとう、克己」

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